2017年10月31日

本「読んでいない本について堂々と語る方法」ピエール・バイヤール




 タイトルからして挑発的ですが、もちろんただのジョーク本や逆張り炎上商法本だったら、天下のちくま学芸に入りません。結論としては、
「すべての本は媒介物にすぎず、
 それをキッカケとして内なる自分を語るのだ」
 素晴らしい。
 ウィトゲンシュタイン曰く
「語りえぬものについては沈黙せねばならない」
 孔子曰く
「怪力乱神を語らず」
 ではそれを誰が語るのか。
 それは貴方だ。

 まず
「『本を読んだ』ってどういう状態を指すの?」
というところから洗い直し、
「どういう状況で『語る』の?」
と「本を語る」ことの意味を確認し、最後に
「どう語ればいいか」
を導き出す。
 具体的な有名作家や作品の例を豊富に引きつつ丁寧に積み上げていくのですが、ちゃんと「読んでない本を語る」形になっているところがメタ的でおもしろい。
 よく見れば、作者が誇張気味にこってり「そういう人」を演じているのですが。フランス人らしい斜め目線というかヒネリ具合というか。

 そうつまり、いままさに僕はこの本について語っているわけですが、僕の読んだ「この本」は、いまこれをお読みの貴方が読む(読んだ)「この本」とは別のものなのです。自分の解釈能力以上の読み方はできませんし、その本から何を汲み取るか、その本に何を触発されるか、は人それぞれ違うから。
 それを社会全体に拡張すると、「この本」には社会がだいたいコンセンサスとして思っている「こういう本」というイメージがあるわけですが、それは脆く、また変化しやすく、またし続ける。その教養空間全体に置ける位置づけも刻一刻変わっていく。
 だもので、本を読む時にだいじなのは、中身もさることながら、その本とその読書体験そのものを、自分と社会(生活)との中でどう位置づけていくか、そこにある。

 言われてみれば確かに無意識で私たちは既にそうしています。
 バカ正直に書いてあることを鵜呑みにするのみならず、自分の都合のいいように解釈したり記憶したり、またアレンジしたりして人に伝えたり嘯いたりしている。
(もちろんこの文章もそう)
 内容が難しい本や解釈に自由度のある文学でなくても、たとえばライトノベルだって、主人公を自分に置き換えて妄想して楽しんで、それを二次創作同人誌に仕立て上げたりもしましょう?
 あらゆる作品は(単なる)触媒であり、創作とは自らが自らの内から引っ張り出す行為それそのものである。

 知らずに自然とやってたことをこう明確に言語化されると、
「わあこの人頭いいな!」
と感心しちゃいますね。

 もし良い作品そうでない作品という区別があるとするなら、触媒としての性能の良し悪しを指すかもしれません。
 だから作家自身にとって良い作品そうでない作品の区別は原理的にはつきません。作家にとって(納得の有無は別にして)「創作した」という事実はどの作品に置いても同じなので。

 バルザック、漱石、ワイルドといった押しも押されぬエース級が口を揃えて「本なんか読まんでええ」と作品中で語り語らせているのを知り、いったん驚いて、いま上で書いたようなことを考えて、なるほどな、と頷きました。
 作家が誠実であればあるほど、己のそれも含めた「本」というものはキッカケに過ぎない、ということをこそ、つまりそれをキッカケにしてどうぞ貴方の想像を羽ばたかせて、と訴えたくなる、はずです。
 でもそういう作家の作品こそリアリティがあり真に迫り結果読者がのめり込み、読者自身の想像力=創造力を停止させてしまう、というこの矛盾。

 フローベルが『ボヴァリー夫人』を書く時に「なんでもないものを書く」と豪語したそうで、それは北杜夫先生『どくとるマンボウ』のあとがき、「どうでもいいものしか書かない」に通ずるなあ、と思い出しました。あるいは北先生はインテリサラブレッドだからそのぐらいのことはご存知だったのかも。

 どんなジャンルでも作為の見えるものは二流品ですが、そりゃそうで、上の原理に忠実であれば、内から湧いてくるものを表に現す、以外の意図や行為が混ざっていればそれは邪魔物、写さなくて良いセンサーにへばりついたゴミに過ぎません。むしろそれを丁寧に取り除く力とセンスと根気、このありなしが作家の力量。

 おもしろいです。
 読書家にこそ頭の整理におすすめ。
 あんまり本読まない方は別にいいです、普段あなたがやってることが言語化されてるだけなので。
posted by ながたさん at 21:33|

2017年10月30日

コンセントタイマー「WH3111WP」パナソニック




 極めてローテクながら現在でも使いどころのある物品。

 奥さんの居室にオイルヒーターが一台あるのですが、オイルヒーターというのは立ち上がりが遅いもので、起きてからスイッチを点けるとなかなか暖まらなくて仕方がない。
 ならば、ということでこれを使って物理的に入タイマー。
 操作方法は間違えようもなく、何時間後に入れたいか、ダイヤルをその数字に合わせるだけです。12時頃就寝して8時に起きたいから7時ぐらいからは点いて欲しい、なら7にセット。
 わかりやすくていいですなあ。
 これですよこれ。真のUIてのは。
 制御する機械のコンセントの挿し方、というこれもまた間違えようのないUIによって切タイマーにもなります。
 残念ながら切・入両用にはならないので、「寝入りばな1h点いてて起きる前1hからも点けたい」というのはできません。

 このモデルは1mのコード付きでダイヤル部分を手元に持ってきやすいタイプですが、他にもコンセント直付け型、あるいはタイマーが3hもの、色が黒、いろいろあります。
 祖業ともいえるコンセント周りグッズに掛けるパナソニック(言うまでもありませんが二股ソケット屋ですよ)の意地は見ていて清々しい。

 実はそのオイルヒーター、デロンギのでちゃんとあのピン倒し式24hタイマーも付いては居るのですが、あれピンが小さくて面倒な上に24hずーっとジリジリ小音がする(機構上あたりまえですが)。
 あ、上記タイマーは音かなり小さいです。オーブントースターのアレとか思われるともっと小さい。寝室でもよほど神経質な方でなければイケると思います。
 まあデロンギのブツ買うとフェラーリもアルファロメオも買う気無くしますよ。UIがわけわからんわ筐体錆びるわ。中でサーモスタットの青い火花散るのが見えるんですよ隙間から。もうちょっとさあ。
 性能はいいんですけどね。

 他、扇風機やこの季節活躍しはじめる電気カーペットの類など、それぞれタイマーはあれど意外に操作が面倒だったり、操作部に手が届きにくかったりして使いづらいことも多いものです。またお年寄り・ちいさなお子様にもわかりやすいUIで使いやすいですね。
 いきなり電気切っちゃうので、電源OFF後もごちゃごちゃやるエアコンやパソコンなどにはもちろん不向きです。ご注意をば。

 アナログ最高。
posted by ながたさん at 04:02| ガジェット

2017年10月29日

創味のつゆ 万能


 先日親子丼を作ろうとしましたら、昼にぶっかけうどんを作った残りのお出汁がある。創味のつゆです。



 酒と醤油をちょちょいと足してあとはいつもどおり作りました。
 ら、奥様が
「今日はうまい」
とおっしゃるではありませんか。

 身も蓋もないな!

 いやいつも粉末の和風だし入れてるんですが……親子丼は手軽が売り、しかも必要とされる出汁の分量が少ないのでわざわざ出汁を引くのもちょっと。
 そんな隙間に創味のつゆ。

 中井美穂さんが古田敦也さんと結婚され、頑張って工夫してお味噌汁を作るのですが、古田さんは、
「ちょっとひと味足りない。ウチの母のは美味い」
という。そこでお義母さんに秘訣を尋ねると、
「ウチはずっとこれやで」
とザ・ザーッと「ほんだし」を入れた、という逸話を思い出し。

 その後、蕪と豚バラをごま油で炒める系の料理にも使いましたらこれもまた「うまい」の声が飛ぶ。
 まあつまり関西人なので出汁っ気が入ってないとソワソワしちゃう。
 酒・味醂・醤油、発酵食品なんだから複雑な旨味が既にあるじゃないかと言われましてもそこをなんとか。
 そもそも創味は京都の会社なので、舌に合うのかもしれません。
 あるいは業務用調味料のメーカーなので、外食で口にする機会が多く、それがプロの美味しい料理の記憶と結びついて、その記憶を引っ張り出してくれるのかもしれませんね。
 その代表作が元「味覇」現「創味シャンタン」。



 御存知の通り、なんでもかんでもこれさえ入れれば中華風。
 これ湯に溶いて乾燥わかめとごまをパラリするだけで立派なスープができあがる様はまさにチャイナマジック。いや京都の会社やと……

 和風、中華風とくれば、あと創味さんにおねがいしたいのは洋風。ブイヨン。カレーとかシチューとかにこっそり入れて旨くなる、みたいな。

 つゆに戻りますと残った野菜にお揚げさんの切れ端でも入れてこのつゆ(を適度に薄めて)で、ぐつぐつ適当に煮るだけでなんだかいっぱしの煮物ができあがるので、まあお試しあれ。
 あんまりやりすぎると同じ味が続いて飽きるでしょうけども。
posted by ながたさん at 22:00|

2017年10月28日

海遊館


http://www.kaiyukan.com/

 台風一過で青空が美しく、
「とんこつラーメンが食べたい」
という奥さんをクルマで近くの「ずんどう屋」まで連れて行ってその足・成り行きで海遊館。
 久しぶりです。
 あいかわらずお魚さんたちの優雅な様、ペンギンの可愛さ、イルカの芸、に加えて、スタバができてたりジンベエソフトが食べられたり。
 海外からの観光客の方にもあいかわらず人気で、館内も周辺も日本人の方が少ないかなと思うぐらいでした。

 開館したてに友人や親戚など4回ぐらい引率ドライヴァーとして出動した覚えがあり、そんなことを懐かしみながらWikipediaを引くとなるほど開館90年、バブル絶頂期。企画はウォーターフロント都市計画の元祖・ジェームズ・ラウス。設計とデザインはNYデザイン界の大物・アイヴァン・チャマイエフ。
 つまりアホみたいに金を掛けており、まあ掛けただけあって27年後のいまもまったく(コンセプトが)古びずに金を生み出し続けており、「お金の使い方」の見本をみるようでした。

 螺旋状に降りてくるあの作りは海面から海底まで深さのある海を表現するにはうってつけのレイアウトで、これぞ「デザイン=問題の解決」という感じ。
 小規模な特設展示がいくつもあったり、エイとサメだけですが触れられるコーナーがあったり、アップトゥデートは関係者の努力の賜物。スタッフの士気も相変わらず高そうでした。
 EXPOSCITYの「ニフレル」
https://www.nifrel.jp/
は海遊館のプロデュースだそうで、また行きたいものです。
 非日常にどっぷり浸れる、という意味では変な映画観るよりよほど浸透力の高い経験であり、当日券2300円ちょっと高いな……などと躊躇したおのれの不明を恥じる。

 コメツカワウソがウチのめっちゃん(ネコ・キジ白・♂)にそっくりでした。
 先祖はカワウソかもしれません。
posted by ながたさん at 01:01| 雑記

2017年10月27日

本「応仁の乱」呉座勇一




 WW1との類似が最近よく言われますが、なるほど
・誰もやりたくなかったし早く止めたかったけどダラダラやっちゃった
その割に(それだからこそ)
・影響が巨大
という面でよく似てます。
 学校の日本史の時間では、将軍家の跡目問題(弟vs子)に山名宗全と細川勝元が肩入れして……と習ったわけですが(いまは少し違うんですかね)それは起きた事実を「わかりやすくなる形」に持っていくとそうなる、というだけで、ことはそう簡単ではない。
 その「権力争い」というわかりやすい動機が実は無い。

 なにかトラブルが起きた時に、以前あの人の時出ていって加勢したから、この人の時に行かんわけにいかんなあ……と大物が出ると、それが逆側か見れば「誰それまで出てきた!」という大事になる。「ウチの大将を呼べ!」みたいな。実は大将同士は別に仲が悪いわけでもない。といって、二人共「立場」があるので、二人で握手すれば話が終わるってもんでもない。トラブルが長引くと構成員たちの利害が複雑に絡み合って、もう止まらない。最初の目的と違うところで違う相手と勝手に争い出す。
 人間社会によくある風景です。

 で、この騒乱のために、領国を守るためには現地に張り付く必要があって、一旦戦さに参加するために京にのぼった大名たちが、その文化ごと領国へ帰って、でその縮小コピーみたいなのをいっぱい作る。この時期の遺構が発掘されるとおもしろいように当時みなが集った管領家のお屋敷そっくりだそうです。
 この接ぎ木を祖として各地方に文化が独自の花開く。
「「応仁の乱」の前後で日本の姿はくっきり変わった」
という認識がいまでは定説と言っていいそうですが、なるほど今の言葉で言いますと「地方自治」と言いますか、もっと大きく言えば民主主義、
「おらがことはおらで決める」
が否応なしに成立した画期だったのか、と思いました。

 主体性の無い争い事の方が傷跡が大きいですね。
 太平洋戦争の日本とかもそう。
 止めらんない、から国が滅ぶ。

 研究者らしく微に入り細を穿つ丁寧すぎる仕事、それによってちょっと読みづらい、のですが、ともかく、いやだからこそ、「偶然がいくつも重なり合って」という歴史の醍醐味を嫌というほど味わえる本です。
 歴史好きを自認されるならお読みになるとよろしかろう。
posted by ながたさん at 00:00|

2017年10月26日

エエクルマばーん!


 東京モーターショー。マツダブース。
https://car.watch.impress.co.jp/docs/event_repo/2017tokyo/1087906.html

 赤い方が次期アクセラで、グレーの方はアテンザかな。
 アクセラ見てこのお尻。
 グラマラース。

 完全に個人的な好みの問題なのですが、わたしこのリア・オーバーハング(後輪からさらに後ろのボディ部分)が極力小さくてかつ上に傾斜のきついリアハッチの乗ってるデザインが子供の頃から大好きで、古くはトヨタ・セリカ・LB(リフトバック!)、ホンダ・(バラードスポーツ)CR-X、トヨタ・コロナSF(5ドアハッチがあったんですよコロナには)、そして自分でも乗りましたシトロエン・エグザンティア。

 たいへんいいです。

 どうしてもこのクラスはVW・ゴルフがベンチマークなので、あの箱型・金庫感に寄っていっちゃうのですが、そうすると当然ですがゴルフに「確実に負ける」。ゴルフの方はそれを手ぐすね引いて待っとるわけです。
 で、プジョー・308も今度はルノー・メガーヌも余裕で撃墜。どー見ても306やルケモンメガーヌの方がよっぽどカッコイイよねえ。
 マツダは負けませんよその誘惑に。
「でや」とばかりに正統派カッコイイ5ドアハッチで。

 いい。

 ま、ファミリア・アスティナやランティスの5ドアなど、この手のデザインで高い評価を受けた過去の実績があるので、負けないんでしょうね。
 いまのデザインのトップは前田さんという方なんですけど、2代目なんですよ。おとーさんもマツダのデザイン部長。コスモスポーツとかその時代です。
 貧乏だから、高価なデザイナーを雇ったりデザイン屋に外注することがままならず自前でプロパーを育てるしか無く、しかしそうするとこうやって伝統は引き継ぎやすい。
 育成と言えば広島・広島といえば育成。
 しかも最近野球もサッカーも強いのはなぜかと言えばここ、「引き継がれている」ってところではないですかね。積み重ねられた基盤の上から背伸びをするわけで、そりゃ有利ですよ。
 まあワルター・デ・シルヴァひとり来たらドイツ芋娘の極北、ベルリンの街中より農作業納屋が似合うVW車が突然パリ・ロンドンを闊歩しててもおかしくはない程度に垢抜けたりするので、スター欲しい気持ちもわからんではないですが。

 リアのボリュームが大きいのはわりと好き嫌い分かれるもので、人によってはCピラーの鉄板面積が大きいのはレトロに感じるかもしれません。最近だとアルファロメオ・ブレラぐらいしか思いつかず、遡って60から70年代の日産・チェリーやスズキ・セルボ、ホンダ・Zにアメ車。
 でも繰り返しますがハコ方向行くとゴルフ地獄に引きずり込まれるだけなので、こっち行くしかないッスよ。ことに今はSUVやピープルムーバー(ミニバン)がいろいろあるので、Cセグハッチごときで室内効率とか言う方が野暮です。

 新世代マツダ車ずーっと追っかけてきてますが、パッと見でいちばん好み。商品化は2019年だそうで、もちろんもっと現実的になるわけですが、いまから楽しみです。エンジンも画期的と評判のSKYACTIV-Xだし。

 他、東京モーターショーの記事一覧。
https://car.watch.impress.co.jp/category/event/tms/2017/

 やっぱりショーなので、理屈より色気。
 エエクルマばーん!の方がいいですね。
 他ではスズキもいいかんじ。
posted by ながたさん at 14:20| 雑記

2017年10月25日

「シリコンマット」下村企販




 今日はキッチンウェアのご紹介。
 ステンの調理スペースで樹脂のまな板が滑りませんか?
 そんな時にはこれ。
 シリコンでできたマットです。
 シンク側にはピタッと吸着、表側には適度な摩擦係数でまな板も滑りません。熱にも強くて火から下ろしたお鍋をドンと置いてもだいじょうぶ。糸底の粗いお皿なんかをシンクに置いて「傷つかないかな?」なんて心配もご無用です。
 汚れても布巾や濡れキッチンペーパーでサッとひと拭きでとても綺麗。週一ほどで洗剤で洗えばカビや水垢とも無縁です。
 わたしこの前はゴム系のメッシュになってるすべり止めマットを適当なサイズに切って使ってたのですが、形が複雑なので汚れが入り込んでカビたりぬめったり、大変でした。いまパラダイス。

 キッチンでなくても、工作や手芸などの趣味でも下敷きとして使えそうですね。
 いろんな会社からいろんなサイズや柄が出てますが、だいたい「シリコン」て書いてたら似たようなもんだと思います。

 ちょっとしたものですごく捗る、という典型例です。
 おすすめ。
posted by ながたさん at 02:06| ガジェット

2017年10月24日

捕手は打撃


 CSについては以前からクソだと申しておりますので言及いたしませぬ(してる
 DeNAファンには悪いですが、それ以外のほとんどの方は広島が昨年の悔しさを昨年よりさらに巨大な敵ソフトバンクに対して晴らせるか、というのを楽しみにしてたと思うのですが……
 まあ観客動員は更新を続けているらしいですし、コアなファンの方が喜んでらっしゃるならそれでいいと思います。無料中継たまに見る程度の人間に何か言う資格はありまへん。お金払ってくれるお客さんが正義。

 表題、おそらくお好きな方なら同じお考えの方も多いかと思うんですけど、捕手って打撃優先でええんじゃないですかね。
 巨人に阿部、ホークスに城島、ヤクルトに古田。標準野手クラスでいいなら横浜・中日の谷繁に阪神の矢野。強いチームには強打の捕手。
 リードは結果論、つまり「勝ったからいいリード」と言えなくも無く、そもそも投手の失投はリードと関係ないわけで……
 いやね、「捕手と遊撃は打撃どうでもいい」みたいな考え方がひとつあるわけじゃないですか。
 でもですね、じゃ.200ちょっとの球界一の遊撃手と、.350の20発みたいなジーターや坂本の調子いい時みたいな遊撃手と、ぶっちゃけどっち使います?
 捕手も同じで、3割30発打てりゃリードとか肩とかどうでもいいでしょうそんなもん。
 だって他所のチームで凹んでる部分が凸してるんですよ。
 行って返って効果倍、打者は9人ですから1割×2倍の2割ぐらいの攻撃力アップになりませんか。大雑把ですか。
 野球は多くの試行回数を重ねて確率で結果を出すスポーツなので、2割違えばまるっきり違いますよ。

「難しい」とか「負担が重い」とよく言われるんですけど、過重だと思えば軽くすればいいので、「おまえは打てばいい」の一言でええんじゃないですかね。そもそもベンチからもサイン出すんでしょう。あまりにリードがスカタンだったら一球ごとにベテランバッテリーコーチがやればいいじゃん。

 この風潮の元凶はたぶん野村克也監督で、ご自身4番打てる強打者でありながら、延々とやれID野球だ、捕手はたいへん捕手はたいへん、とボヤいてらっしゃるでしょう。
 でも、野村居りゃ勝てますよフツー。打つんだもん。
 野茂の女房役でおなじみだったマイク・ピアッツァも.350の40発みたいな選手だったんで、三桁被盗塁でもマスク被ってましたぜ。

 なんでそんなことを思ったかと言えばドラフト。広陵の中村君。甲子園6発の打撃ももちろんですがなんといってもあの野性味溢れる捕手守備が魅力的ですよねえ。
 もう僕だったら彼一択。
 清宮君ももちろんステキですが、パワーヒッターは極論言えば当たり外国人でも代わりはできるし(お金があれば他所で当たったのを買えばいい)、たとえば西武に入って中村・山川と3人並んだら、遠目で見分けがつかなくて困るでしょう?
 中村君、地元広島が狙ってるのは周知の事実ですが、日ハムが噛み付いてきそう。大野が出ていく(かもしれない)から1年目からイケるで、みたいな甘い囁きを……

 いやなんかね、わかってる人やチームはこっそりそれを実行してて、黙ってるだけ、むしろ「捕手はリードだ、守備だ」と撹乱情報をわざと撒き散らし続けている、ような気がするんです。
 気のせいですかね。

 後出しジャンケンじゃないですが、わたし若き頃にバスケットボールというスポーツを知って、
「これって3点シューターを徹底的に鍛え上げて百発百中みたいな名人芸にしたらそのチーム強くない? だって1プレー得点期待値1.5倍よ?」
みたいなことを言いましたら、「識者」にボロカス馬鹿にされましてですね。そうかなあ、不可能じゃないと思うけどなあ、と思ってましたらステファン・カリーとウォーリアーズが出てきましてですねえ。
「ほらー」
みたいな。もホントあの「識者」の言うことは100%アテにならん。結局POSレジと同じで過去の解析してるだけなんで、
「強いチーム(選手)が強い」
って同語反復をつぶやき続けてるだけなんですよ。そこに真理も真実も未来も価値もついでに分析も理屈も科学もつまり小宇宙も何もない。

 ということで中村君をどこが獲りに行くか、そして彼がどんな選手に成長していくか、そのチームがどう強くなるか、が楽しみです。
 気が早いかな。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月23日

大和川氾濫2017


 選挙の夜は速報番組など見てる余裕無く、台風21号の影響で増水するばかりの大和川の水位計とにらめっこ。

・国交省大和川河川事務所
http://www2.yamato.kkr.mlit.go.jp/cctv/index.html
https://www.kkr.mlit.go.jp/yamato/observationmap/index.html
・Yahoo! 河川水位
https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/river/8606030001/

(ちなみに遠里小野は「おりおの」と読みます。風情ありますね)
 下流域全域で氾濫危険水位を突破、浅香のあたりが浸かりました。上流でも三郷のあたりで溢れたそうです。
 幸いウチの周囲はギリギリ耐えたのですが、本格的に溢れちゃうと2m級の浸水も覚悟せねばならず、携帯の緊急速報で避難準備(勧告のひとつ前)「3F以上へ」が出ました。
 街中ですから3F以上の建物はたくさんあって、避難する余裕はあると思うのですが、もし浸かったらあと大変だなあ、と思うと気が滅入りました。あれたいへんですからねえ。
 僕子供の頃一度だけ、すぐそこまで来た(つまり隣の隣の家ぐらいが床下浸水を食らった)ことがあります。
 もうたいへん。
 その頃からでも治水事業は継続されているのですが(長居公園通りの下に巨大は放水管が走ってるんですよ。十数年延々工事してました)、自然の猛威は軽く上回ってきますね。

 浸水された皆様にお見舞い申し上げます。お疲れ出ませぬよう。

 twitterでも検索掛けると「選挙なんかどうでもええわ!」と(関西の)TV局に対して激怒される方が多くいらっしゃったんですが、TVは「絵が撮れないと成立しない」ので、おそらく選挙で人手と機材が出払ってて何もできなかったんだと思います。夜だから空撮とかもできないし。
 もうそういうのはアテにならん。
 身近な人が心配なら電話などで直接伝えた方がいいですよ。今回は最も緊迫した時間が深夜12時前後、寝てる可能性もある。

 大和川の歴史については柏原市のwebが詳しいです。
http://www.city.kashiwara.osaka.jp/docs/2015072600070/

 たぶん大阪市の小学生はみんなこの「大和川付け替え」は習うんじゃないかな。中甚兵衛さん。そこの地図見ていただくとおわかりのように、ものすごい大工事なんですがこれなんとわずか8ヶ月でやったそうです。
 なんとなれば河内平野は大昔から水害に苦しめられ続けおり、古くは和気清麻呂が付け替えにチャレンジしています(788年)。すなわち掛け値なし文字通り「1000年来の悲願」で、やると決めた時の周辺住民の爆発的パワーが想像できますね。
 おかげさまでこのクラスの台風でも来ない限りのほほんと暮らせています。ありがたい。

 そして今回も鉄橋上、線路まであとわずかと水が迫っているにも関わらず運転を止めない近鉄の蛮勇。
https://twitter.com/shinichi_san8/status/922077272810536960

 これからますます気候変動が激しくなると、このぐらいの台風は普通に来るようになるかもしれず、そうなると……
 備えとかないと。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月22日

衆議院選挙2017


 結果から見れば与党微減、なんの意味や論点があったかさっぱりわからない600億ドブ捨ての選挙が終わりましたが、皆さん死票は投じられましたか。
 あれなんだったんでしょうね。
 僕たいへんめずらしくも当選されましたよ、比例復活ではありますけど。

 前原氏が「民進党まるごと希望の党への合流」をぶち上げた時には「すわこれはもしや政権交代」「チンパンジーとファシスト、どちらを選ぶ?」と一瞬盛り上がりかけたわけですが
「排除」
のひとことで全部ぶっ壊れました。
 あれなんだったんでしょうね。
 極端なことをいえば、黙って全部受け入れて、勝って首班指名を受けてからおもむろに粛清に掛かりゃエエだけの話やないですか。その程度の計算が立ちませんか。それとも黙って座ってたら何十人もの国会議員がワラワラやってきたからテンション上がりきっちゃって思わずホンネが出ちゃったんですかね。
 そりゃリーダーとしては失格ですなあ。
 まあ選挙当日パリへ逃げてる時点で終わってますけどねえ。

 と、思ったら敗因を(男女差別を指す)「鉄のカーテン」とか言い出してらっしゃって、つまり単にアホですな。

 歴史改竄主義者ってダメなんですよ、要するに事実と違うことを信じる、というのは自ら認知を歪める、ってことですから、歴史認識以外のところでもこうして認知歪みが出る。
 政治家の方はこのぐらいでもいいのかもしれませんが、普通の人の場合、これ出ると周りはサーッと引いていきますよ。つまり「話が通じない人」なので、付き合うだけ無駄・損・そして危険だからです。

 話逸れますがアホ(バカ)の定義ってつまりここ、「自分を変容させていけるかどうか」の一点だと思います。自分で作った歪んだ認知に居ると、変化していけない。となると、ふつうのひとにとって当たり前のことに反応・対応できない。だからアホ(バカ)と罵倒されるわけですな。
 ああ怖い怖い。
 僕もマダラにアホだと思うのですが、できるだけアホ領域を減らして行きたいもんです。

 聞く所によると小沢さんがまた絵を描いてたそうですが、彼にしても
「えーっ、なんでー!?」
というところなのではないでしょうか。政治家であるならば当然狙う「首相の座」、チャンスと見ればすべてを賭けて勝負に出る、はず……という基本価値観みたいなところから実は違っていたんでしょう。
 歳を取ったなあ、とも言えますし、最後のチャンスに前のめりになったのかな、とも思いますし、また普通に策士策に溺れるとも言えますが、最後の最後まで残ってくれていた仲間をむざむざ死地に送り出したという点でもうさすがに終わりかな、と思います。
 それでも、政権交代を実現させて日本の様々な患部を白日のもとに晒し出した貢献は巨大で、天国の角栄さんも微笑んでいるんではないでしょうか。角栄型再配分政策は(おそらく)立憲民主党あたりへ流れていくでしょうし。

 とかなんとか言いながら、結果として、自民党ハト派が壊滅して以来久しぶりの中道寄り政治集団ができて、今まで死票を投じ続けていたわたしとしては願ったり叶ったり、かなり嬉しいです。冒頭のように候補が当選されましたし。
 特に大阪の場合、共産と公明が強いので、中選挙区時代から非自民というと共産か公明という日々が続いたので、けっこう辛かった。明確に否定すべき案件がある時は批判票という意味で共産へ入れるわけですが、いかに戦略的投票と頭では理解していても本心から支持してるわけではない組織に虎の子の一票を放り込むのはわりとストレスです。
 やっぱりフツーにフル比例でええんじゃないですかね……地域ブロック分けぐらいはすれば小さめの地域政党でもいくつか獲れそうだし。議席も増やしていいかもしれません。
 とにかく、あまり党勢拡大に汲々とせずじっくりいっていただきたいものです。

 繰り言ですがいまの自民党は以前のような再配分政党ではないですよ。むしろ減っていくパイを強者に集める施策をしています。田舎、若者(弱者)こそが支持してはいけない。
 長谷川豊や若狭勝を比例復活もできないぐらい完膚なきまでに叩き落とした有権者の判断を見るにつけ、ただここを誤解しているだけなんじゃないかな、と思うんです。支持するなら、ちょちょっと調べて、自分が思うようなことをしてくれそうなところに入れなきゃいけませんよ。ぼんやりとしたイメージでは真逆のところを支持してしまう。
 くどいようですが安倍政権というのは税金じゃっばじゃっば使って上場企業の株買いまくる政権ですよ。あなたにそれなんの意味があるんです? で、支えきれなくなって買うの止めた瞬間、株価は実力(およそ半値〜1/3)に戻ってその分の損は全部税金が消えるんですよ。どこへ? 相場やってた機関投資家とそこに委託してる富裕層へ、です。むしろそれもわかっててやってるかもしれない。

 現状は金融、財政、税制、国防、初等/高等教育、医療・福祉、貿易(TPP)、エネルギー、どの政策をとってもまーこれでもかと見事なぐらいに
「やらんでええことばかりやって、やるべきことをやってない」
と思います。せめて、やらんでええことをやめるだけでもこの国はもっと清々しい、はず。

posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月21日

淡路たまねぎスープ


http://www.shima-life.jp/SHOP/152259/list.html#contents

 粉末スープですがかなり美味しくて、これだけで一品になります。
 フライドオニオンが効いてる。
 スープのヴァリエーションに困った時にも重宝。
 和洋どちらのメインにも合います。

 今回ははるさめタイプとポタージュタイプも買ってみました。想像通りの味で美味しかったです。まあそのへんはお好みで。

 上記「島と暮らす」で買えます。「淡路ハイウェイオアシス」の通販サイト。
http://www.shima-life.jp/
ここにあるものはほとんどどれもイケてますよ。おすすめのお取り寄せ先です。

 これから寒くなりますから、あったかいスープ、いいですよね。
posted by ながたさん at 00:00|

2017年10月20日

Alpha Go Zero


 囲碁AI「AlphaGo」の最新ヴァージョンその名も「Zero」が旧ヴァージョンをバッタバッタと薙ぎ払い最強の地位を手に入れたという記事
http://gigazine.net/news/20171020-alphago-zero/
はお読みになった方も多かろうと思いますが、やっぱりこれで一番ビックリするのが、
「自己対戦による強化学習のみで強くなった、人間の対局(ビッグ)データは使ってない」
という点ですよね。
(Googleの論文を訳してくださってます↓)
http://blog.livedoor.jp/yuno_miyako/archives/1068350228.html

 つまり人間が囲碁というゲームに取り組んで開拓してきた世界は、実は傍流、すくなくとも今回Alpha Go Zeroが切り開いた世界よりも、より端っこに位置する。
 ということは、これを文化とか芸術にも当てはめると、「うわ、スゲーええわ」と直感する画期的な絵とか音楽とか小説とか、ボーンとある日突然やってくる、かもしれない。

 いったいどこまで行くんでしょうね。
 しかもこれシステムがよりシンプルになってて、食うCPUパワーも劇的に減ってる。元データが要らんというのも金・手間的に非常に大きい。
 人類最強のカ”ビッグマウス”ケツ氏を倒したのが今年春ですよ。技術の進歩が早すぎる。

 ウチも奥さんが翻訳業なので、その業界ではみんなで戦々恐々だそうです。
 繰り言ですが、今回の「AIショック」がインパクトでかいのは、今までの機械化・コンピュータ化の波と違い、頭脳労働とか経験労働とか、そのうち文化・芸術も食われそうなので、そのあとどうすりゃいいんだ、という点が見えにくいのが不安になるところです。
 薬剤師とか税理士とか、なるのはちょっと大変だけどなってしまえば一生食いっぱぐれはない、というジョブがあったわけですが、もうそういうものが成立しない可能性がある。弁護士や医師も必要総仕事量を減らしそう。たとえば相場感のある訴訟(離婚とか雇用関係とか)とかAI(同士)がやった方が納得もありますしね。
 と同時にもちろんタクシー運転手とかバス運転手とかトラックドライバーみたいな、経験がモノを言ったものも。ま、このへんは少子化進んで人手不足なので、むしろウェルカムかもしれませんが。

 つまりその、
「コツコツ貯めた知識・経験がある日無駄になる」
という事態に人類はどう対応していくのか、という問題です。
 最近言わなくなりましたけどアイデンティティ・クライシスが誰にでも起こりうるし、そしてそれは突然来る。

 ”人間の考える”「人間らしいこと」とか「人間にしかできないこと」なんてとても浅はかなもんですから、それもAIに考えて貰った方がいいかもしれませんね。「Alexa、君の苦手なことを教えて?」

 横道に逸れますが、わたし「AIの反乱」みたいな絵面はいつもピンとこなくて、『ターミネーター』も『MATRIX』もエンタメとしては大変愉しんだんですけど世界観は懐疑的です。理由は簡単で、
「ネコが人間を飼っている」
という話ありますよね、あれです。
 ネコ飼うとホントにそう思いますよ、エサとトイレだけでも重労働で、遊び相手をしたり添い寝をしたりですね、なんでこんなかしずかなあかんねん、と。
 可愛いからですね。
 同様にAIも(とりあえず人間の)役に立つ以上、撫で擦るように大事に大事にするわけですから、支配なんて面倒なことするよりそのままの方がええんではないか、と合理的に考える知性に到達するのは、知性を持ち出して3秒後ぐらいじゃないですか、この調子だと。
『攻殻機動隊』で(AIの)タチコマ達がそんなような議論をするシーンがありましたけど、もしそういうことが行われるとするなら、それは一瞬で(人間の)誰も気づきもしないうちに起きる、のではないか。

 さてこうなるとベーシック・インカムも真面目に考えないと。
 つまり「職業」という概念自体が成立しづらくなって、労働対価を難易度や人材の希少さで量ることができづらくなります。
「あーその資格は1年前までは価値があったんだけど、今もうAIが全部やってくれるので……」
 上で挙げた例はもちろん、いま非常に高度で(儲かる)資格としてアクチュアリーというジョブがありまして、たいへん高度な数学を用いて保険の料率とか考える人なんですが、こんなもんの方がAI向きですよね。
 しかも今まででしたら「いや!そのAIに基本を教えるために高度な人間が!」とか縋り付く妄想蜘蛛の糸があったわけですが、今回のZeroはそれも無慈悲にプチンと切る。
「人間が考えたことより自分で学習した方がいい」
つってね。
 こうなってくると、「なんらかの組織に属して拘束時間が発生したら、一律これだけ賃金が発生する」とむりくり「労働」の概念を守るために、ほとんどフィクションにしちゃうか、それかもう、BIで平等に配る、ほかないように思います。

 賃労働でなくて資本運用は?
 あんなもんこそAIですよね、いま機関投資家の間ではそりゃもうAI達が唸りを上げて活躍してると思いますよ。
 こないだ友人がセミナーに呼んでくれたんで、若者の発表を観さしてもらってたんですけど、過去振り返って式当てはめるタイプだと相当精度いいものがすでにある。それも僕聞いたんですよ、
「これって……儲かるってことですか?」
「あ、これは大昔から知られているごく基本的なもので、そういう組織でしたら当然知ってることです」
「はー」
 今も書店行きますと「株で/FXで/なんとかで儲かる!」て本ございますでしょう?
 無理ッスよ。
 相手Alpha Go Zero使ってんですよ。あなた囲碁何段です? イ・セドルさんに5回やって1回勝てます? 向こうそのイ九段に4-1で勝ったAIに100-0で勝つんッスよ。
 無理。
 そういう連中がカモ引きずり込むために「イケるイケる」言うてるだけですわ。基本ゼロサム・ゲームですからね。

 極論を言えばお金なんて世界中でありあまってるんだから、みんなにうまいこと分配すれば(生きていける分だけでも)みんなハッピーなのに、なんでそれが実現しないんでしょうね。
「無いんじゃない、有るものをちゃんと活用できていないのが問題だ」
と喝破したバックミンスター・フラー先生は偉大だ。
 偉大な人ほど忘れられる。

 基本的にはそれでも、AIが進歩すればするほど日々の生活がよくなると思います。ナノ素材とかバッテリのいろいろとか、ああいう当てもん系はこれから物凄い勢いで改良されてくんではなかろうか。
 10倍ぐらい能力あるバッテリ(に直結する物質)がめっかっただけで劇的に変わりますよ、エネルギーのコストがアホみたいに下がるから地政学的にも大騒動が起きると思う。

 最近思うのですが、
「なにが来てもどーんと構えて居られる」
には、なにか準備をいろいろしておくのではなく、
「なにが来てもどーんと構えて居る」
と決意──というほど大層なことではなく──決めておく、ぐらいの感じで、そうしようと思う、のがいいのではないかと。
 なに来るかわかりませんからね。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月19日

本「だめだし日本語論」橋本治 橋爪大三郎




 知らないこといっぱい書いてあっておもしろかったです。
 橋本先生は凄いなあ。

 でも終盤、思わぬところで日本における(近代の)相克を目の当たりにします。

 橋本さんは作家・評論家、橋爪さんは学者(社会学)。橋本さんは使う者として内側から見る、橋爪さんは研究対象として突き放して見る、という違う視点が交錯するところがおもしろい本(対談)です。
 突き詰めて言ってしまえば、使う方としてはぐちゃぐちゃしてる方がおもしろいし、自由度が高くて遊びやすい。研究する方としてはモデル化しにくいのでイライラする。

 たとえば、漢字の熟語としてパッケージされてしまうと、本質を理解していなくても使うことはできる。「自由」とか「民主主義」とか、「愛」とかもそうですね。これ表音文字並べるタイプの言語だ(おそらく漢字導入前のことばだと)といったい何かさっぱりわからないので使う方も躊躇する。しかしその「使うことが(は)できる」というのが、わけもわからずそれを振り回すというおかしなことにつながっているのではないか……
 ことばに限らず概念そのものとしても、つまり中国やオランダや西洋から入ってきたものをですね、ロクに理解もせず肚にも落ちてないくせにPDCAサイクルを回すわけです日本人はね。
 おかしいやないか、と学者は言う。
 しかしそのおかげで今があるのだし、それはそういうものだとして受け入れるしかなかろう、その上でその利益/おもしろさを享受すればよいと作家は言う。

 表(公式)と裏(ホンネ)の二重構造がそこいら中にあって見通しが立ちにくいのが日本の社会の特質であって、それは普段はむしろいろいろ物事が円滑に回る長所なのですが、たまに裏側が腐っててある日突然崩れる。表はきれいなので問題は無いことになっているから、みんなビックリするわけですが、実は以前からグズグズやってた、と後で知る。
 というのが、公式文書(漢文)と非公式文書(ひらがな/仮名漢字混じり)の頃からすでに始まってて、そういう社会だからそういう言葉の構造を受け入れやすかったのか、逆に、そういう言葉の構造を取ってしまったが故に社会がそうなってしまったのか、因果はわかりませんが、まるで写し絵になっている。
 権威と権力を分離する天皇制というシステムが延々続いてるわけですから、元々そういう社会だったのかもしれませんねえ。

「あーもーイライラする!」
と頭を掻き毟る橋爪さん自身、朝鮮王朝のハングル導入については「大失敗」と断じており、曖昧さとそれに起因する効率の悪さは、多様性・寛容さ・楽しさとトレードオフです。そういう「ゆるい」社会は油断できず、安全を突き詰めることもできず、だいたい不便で、不快なこともより多く発生するわけですが、まあそれでも、そっちの方が「まだマシ」なんじゃないかなあ、と、日本語がぜんぜん聞こえてこない木曜夜の心斎橋筋を、小5からの友人と歩くこの本を読んだ次の日の夜です。

posted by ながたさん at 00:00|

2017年10月18日

風邪 少食


 英語に以下のような諺があると

 Feed a cold and starve a fever.
 かぜには大食、熱には小食。

 幼き日に『ガーフィールド』のマンガで知って(吹き出しは原文、コマ外に日本語訳)、以来それを実践してました。
 具体的には「あ、風邪かな」と思ったらインスタント袋麺を溶き卵ネギたっぷりで作って熱いうちにガツガツ食べて寝る。

 最近考えを改めました。
 むしろ何も食べずに寝転がってる方が早く治る気がする。

 ウチのネコたちも体調が悪くなるとまず食欲が落ち、ジッとしてます。逆にエサ食べ始めると峠を越したと安心する。
 消化という作業はエネルギーを使うので、それも免疫システムに回した方がいい場合もあるのでしょう。
 上記の諺は栄養状態の良くなかった頃、絶対的にエネルギーが足りなかった頃の教えではないでしょうか。

 風邪薬も、以前は「対症療法でウイルスをやっつけてくれるわけではないから(市販薬は)」と飲まなかったのですが、私は鼻炎持ちなものでだいたいの風邪は鼻炎を連れてきて、猛烈なくしゃみ鼻水に襲われます。これは睡眠も妨害されるほどのものなので(そもそも鼻が詰まってるので息苦しい)、最近では鼻炎止めは飲んだりします。(ただし鼻炎止めには眠くならないようカフェイン入ってるものもあるので、睡眠取りたい時には注意)

 もちろん人それぞれ、風邪のタイプもいろいろでしょうから、ご自身の感覚を大事にされるべし。周恩来首相は白酒をキュッと放り込んで治したそうです。
 それは白酒が治したんじゃなくて、気合いを入れるスイッチだったんじゃないかと思いますね。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月17日

本「中央銀行は持ちこたえられるか ─忍び寄る「経済敗戦」の足音」河村小百合




 久しぶりにビデオニュースを観たら、
http://www.videonews.com/marugeki-talk/862/
この河村先生の解説が腑に落ちたので御本も買って読む。てなことがKindleで即できるのもいい時代です。

 現下、日銀が国債を買いまくってて(「アベノミクス」とは端的にはこの行為を指す)経済通の意見は真っ二つに分かれています。
 賛同する方は
「とにかく日本経済にはマネーの供給が足りないのだから、(市中にある国債を日銀が買いあげることで現金を供給するというカタチで)それさえブチ込めばなんとかなる」
と言う。
 反対する方は
「それは実質的には政府債務を中央銀行が肩代わりする『財政ファイナンス』という幾多の地獄を生み出した禁じ手であり(事実法律で禁じられている)、そんなことをやらかしたら後で困るのは火を見るより明らか」
と言う。
 この、
 財政ファイナンス→
 財政規律の緩み→
 紙幣増発→
 円の価値・信用低下→(国債価格の暴落/金利上昇)
 ハイパーインフレ
の流れはなんとなくわかるのですが、現下ではいくら国債を買い込みに買い込んでも上がるはずのインフレ率はいつまでも上がらず、いつの間にか「2%」の目標すらあやふやになりそうな勢いです。
 つまり幸か不幸か「効果がない」ってことは、(まだ)リスクも小さいってことでは?

 違うらしいんですよこれが。
 すごいマズイ。

 どこがマズイかというと、この作戦によって日銀のバランスシートが膨れ上がっています。主に左(資産)の所有国債と右(負債)の当座預金(各金融期間が余ったお金をとりあえず日銀に預けている数字)が膨れ上がる。
 でこの左の国債の金利はべったり低い。ところが右の当座預金は、このような金余りマイナスを含む超低金利が永遠に続くとは考えにくく、いつかは上がっていく。ここで当座預金に(日銀が)利子を付ける分が、国債の利子が(日銀に)手に入る分、よりも大きくなると、つまり日銀が損をする。
 この数字が、たとえば2%ぐらいという十分あり得る数字が付いただけで、年間で7兆ほどマイナスが出る。
 お金を刷ってるはずの中央銀行が債務超過になる、という事態は普通考えられないので、マイナスになった時どうするかって決まってもいないらしいですが、たぶん政府が補填するしかない。
 ただでさえお金ないお金ない言うてるのにですね、ちょっと前の政策の尻拭いに、かなり莫大なお金を突っ込まなければならなくなる。しかもかなり長期間。
 これは辛い。
 要するに先食いをやってるんですよ。お金の。
 財政ファイナンスのもう一つの問題点は、必要/実質以上の高値で国債を買い取りまくることで、売る/借り換える時に大きなコストが遅延発生し、しかもそれが長期間続く、という点だったんです。
 しかもこうなるとお金が無いので身動きが取れなくなって、日銀本来の役割、「通貨の安定」を果たすことが困難になる。

 これはメカニックな事象なので、ハイパーインフレみたいに「ある日突然破綻する可能性が上がる」というような話ではなく、金利が上がり始めたらすぐに直撃する話です。
 だから出口戦略がとても重要で、欧州ECBも米FRBもこの手の金融緩和をやる時には常にいつ終わらせるかをにらみながら、かつその手順や方策を十分に吟味、そしてそれを議会で証言などして人々にも知らしめる努力をしている。
 ところが我らが黒田総裁・安倍首相はこの手の質問に対して「いや出口戦略を語ってしまうと市場心理に影響するから」とかなんとか言って誤魔化すばかり。
 実際は何も考えてないんじゃないの?
 それが証拠に今回の選挙ではアベノミクスともなんとも言わない。さすがに怖くなってきたんじゃないか、とも河村先生はおっしゃる。

 ハイパーインフレ恐怖の方だけだと、私も「そうはいっても世界中で金利が0%近傍に張り付く世界史的異常事態ではあるので(経済や財政が好調なドイツでも同じなので、日本だけの問題ではない)、今までにない動きをするかもしれない……」なんて思ってたのですが、物理的にこうなったらこう帰結する、という地味ながら痛いコストがハッキリして目から鱗でした。

 ちなみにハイパーインフレに直面した終戦直後の日本では、1回限りとは言え財産税(預金から不動産まで一律でかっぱぐ)を掛け、預金封鎖をし円切り替えを行い、強引に掻き集めたお金でなんとか国債を返し切ったそうです。それは終戦直後のドサクサかつGHQの威光を背景にした荒業で、どう考えてもいまできることではなく、もっと地味ながらもっと痛い財政緊縮が続くんでしょうな。それも、東電が潰されずに国民全員の電気代にそのツケを回したように、我々地下の者だけが苦労するようにうまいこと工夫してくれるのでしょう。

 これどうするんでしょうね本当にね。
 あと高値づかみした株あるでしょう日本株。あれもどうするんでしょうね。神戸製鋼の株とか。

 21世紀に入ってから特に2010年代の日本は、やらんでええことばかり一生懸命にやって、時間・お金・人材を浪費し続けている気がします。「やるべきことをやれ」などと偉そうなことは申しませぬ、「なにもしない」という選択肢もあるんではないですかね。
posted by ながたさん at 00:00|

2017年10月16日

本「10倍速く書ける超スピード文章術」上阪徹




 主には「「素材」(独自の事実・エピソード・数字)を集めてそれを(うまいこと)並べりゃいいんだ」という作戦です。
 確かにそうかな、と一瞬思うんですが、でもよく考えると、人間が何か文章を書かざるを得ない時って、「書かねばならないこと」が既にあるはずで(もちろんその裏返しとして「書かなくていいこと」もある)、それをどう書こうか悩むから時間が手間が掛かる……わけですよね。
 たとえば研究論文とか。
 素材は揃ってるけどどうやったら一番巧く伝わるのかな?という点が悩ましいのではないですかね。
 なんかズレてますかね僕の感想。

 僕も昔はそこそこ速い方だったんですけど、
「速く書ける方法」
をツラツラ考えてほぼ唯一の手法は、
「書きやすいことを書きやすいように書く」
てことです。
 そりゃあたりまえだろう。
 この項自体がその実証で、上のパラグラフで本文に沿った感想文を書き始めて行き詰まったので、次のパラで自分の体験にシフトした。これならいくらでも語れる。
 どう?

 村上春樹先生の読書感想文の秘訣というのが、
「最初それっぽいことを書いたら、あとぜんぜん関係ない話を書く」
だそうで、これも似たような作戦かもしれません。

 そこから導き出されることで、この本にあるような
「ターゲット読者を決める」とか「本当に伝えたいことを理解する」、つまり、
「人に読んでもらおう」
と考えると、これが非常にしんどい。
 しんどいことは止めてしまうのが吉で、オレ・ノートに俺ツエー・ハーレム異世界小説を書き留めるように、好きなことを好きなだけ、書きやすいことを書けるだけ、書いて、あとは利害関係者にダメ出ししてもらって微調整するのがいいのではないか、と思います。
 プロじゃなきゃね。
 いみじくも本編にもありますが、結婚式のスピーチでだいたい泣かせるのは親戚のおじさんやおばさんの本当に心のこもった訥々とした挨拶であり、その前では多少巧いことやってのけようがカスみたいなもんス。いや、巧い分イヤラシイ。
 むしろ読者ポカーンと置いてけぼりでも、なんかこの人はこのことが言いたいんだな、とハートが伝わる方がいいのではないか、と思います。

 ああそうここまで書いてちょっとわかった、この本「速く書く」がテーマなのに最終的に「巧く書く」になっちゃってるんですよ。
 この両者は反比例しがち。
「よりよく伝えよう」と思った瞬間に時間が掛かりがちなので、(なんらかの事情で)「速く書きたい」なら「ついてこれないのは読み手が悪い」ぐらいの飛ばし方でいいんじゃないかな、と経験上思います。

 まあつまるところ、よほどの事情がないかぎり、「速く書こう」とか思わんでええですよ。
posted by ながたさん at 23:21|

2017年10月15日

潤滑剤「鍵穴のクスリ2」建築の友




 諸賢、鍵穴用の潤滑剤は専用品でないといけないとご存知でしたか。
 わたし知らなくて、玄関のアルミ引き戸の鍵が固くなってきたんで、いつもどおりクレ556を噴いてましたら母にツッコまれましてね。

「こないだ大工さんが鍵穴には油さしたらアカン言うてたよ」
「えっ」

と申されましても今までこれでうまいこと行ってて……しかしプロの言葉は重い。ググると「止めときなはれ」のオンパレード。
 鍵の内部は大変精密なので、そこにヘタな油を入れますとゴミやホコリを抱き込んで固まってしまい、遂には作動しなくなることも。
 でもご安心あれ、専用品は洗浄剤と、乾くと極微粒子状になる成分とがセットになっており、まず洗浄成分で汚れを分解して揮発させ、しかるのちパウダーが潤滑を担当……だそうです。

 早速上記品取り寄せまして使ってみますと大変快調。
 ちょっとしたところなら556でええんじゃないかとも思うんですけど、万全を期する方に。200mlもあったら一生使い切れない、とおっしゃる方には小さいのもあります↓


posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月14日

スニーカー「TDW558」アシックス




「2足目」を買うのはナイキのFreeRun2以来。
 気に入っています。

 店員さんによると足の甲側をしっかりサポートするタイプだそうです。人によっては窮屈に感じることもあるかも、ただし慣れると靴の中で足が左右ブレしにくいので快適、と。
 僕の足型は甲のところに癖があるっぽくて、紐を緩めたり縛ったり、どこをどうやっても痛くて履けない靴が存在します。これがまた店頭ではわからず10分ぐらい歩くと「……あ、ダメだ」みたいな感じなので、いつも靴の購入はギャンブルです。
 ところがこの靴は履いたその日からバッチリフィット。秘密はその足の甲を支える構造? よくわからないですけど。

 メーカーによって合う合わないも若干あって、僕の場合、アシックスとナイキは外れない。ニューバランスは微妙。ミズノ(ランバード)とコンバースはダメ……という感じです。
 もちろん同メーカーでもモデルによってカタチは違うわけですが、基本型というかどうフィットさせるかのフィロソフィがたぶんあって、その基本型、哲学に合うか合わないかで決まるのかもしれません。

 と、申しますのも、クルマの運転感覚も似たところがあって、フィーリングが合うメーカー合わないメーカーがあるもんです。これは時期によって多少変わるんですけど、だいたい似たような所に収束します。動的な味付けをする責任者の代替わりで変わるのかもしれません。
 もちろん現時点ではマツダ車最高、なわけですが、トヨタやスバルも好みは別として「理解できる」という感じ。日産が個人的に合わない。なんとなくよそよそしいというか、メカとしてツーンとしてていつまでも距離が縮まらない感じ。ちゃんと応えてはくれるので「いいクルマだな」と思うことも多いんですが、「欲しい」にならない。もちろんそのツンデレ機械みたいなところに惚れる日産党も多いわけですが(ノートePOWERの大ブレークの時に、世を忍んでいた日産党が太陽の元にワラワラと出てきたのには心底驚きました)
 それは余談。

 いい靴を手にすると人生がホントに捗ります。
 Born to Walk.
 末永く生産して欲しい。
 色違いも紺、黒、グレーとあります。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月13日

お醤油「鶴醤」ヤマロク醤油


http://yama-roku.net/product/01-tsurubisio.html

 小豆島・再仕込み醤油です。
「こまめ食堂」ででてきたのがこちら。

 一旦できた生醤油をもう一度仕込む、つまり倍の手間暇とコストを掛ける再仕込みタイプ。濃い旨味とトロみが特徴で、掛け醤油としてはおひたしから肉の炒め物までなんでも合い(実は塩分濃度は高くない)、調理醤油としてもとてもまろやかに仕上げてくれます。
 前回ご紹介のマルキン「初しぼり生」
http://rakken.sblo.jp/article/181136345.html
がフレッシュ大豆ジュースなら、こちらは濃厚大豆ソース。どちらも「美味しいお醤油」ですがキャラはまったく違います。
 きっと広い世界にはお醤油マニアが居て、日本酒や珈琲のように
「ああこのマグロならヤマロクの『鶴醤』がよろしかろう」
などと日々マリアージュをひねり出しているのかもしれません。
 羨ましいな。

 羨ましいといえば、小豆島は小さな文化圏なので
「『こまめ食堂』で使ってるから美味い醤油なんだろう」と
「お、ヤマロクの『鶴醤』じゃないか。この食堂はわかってるな」とが
並列というかポジティブ・フィードバック・ループになっており、そういうのが巧く回ってると、生産者だけでなく観光客もしあわせです。

 開封後も常温保存可、小瓶は調味料入れに入れ替えずともそのまま食卓に置け(薀蓄を垂れられ)る、などハンドリング面も優れる万能選手。お値段も145mlで450円と出せない額ではない。
 姉妹品に華やかな香り優先の「菊醤」もあり、いずれいただきたい。
http://yama-roku.net/product/02-kikubisio.html
posted by ながたさん at 00:00|

2017年10月12日

本「日本語の源流を求めて」大野晋




 風の噂には聞いてましたがおもしろいですねこの本。
 言語の比較と文化の比較から、南インドのタミル語と日本語との関係を探る、碩学・大野晋の集大成(のダイジェスト版)。
 冒頭の恩師・橋本進吉先生との回想が泣ける。昔の人は本当に勉強を学問をしたんだな、というのを痛感、もう「ああやっとけばよかった」なんて言葉も恥ずかしすぎて口にできない。まだ間に合う若人たちにはぜひこの冒頭だけでも読んで背筋を伸ばされるのがそれからの人生に極めてよろしかろう。

 音素の分解比較の方は、ぼくまるっきり見識もありませんし「そういうものなのかな」で進むのですが、楽しいのはやっぱり文化の方。水田稲作・機織・鉄という基本要素がよく似ていることに始まり、妻問婚(母系相続)、小正月のカラス勧請にとんど焼き、そして墓、そこに刻まれた文様。
 もしも南タミルから真珠を交易に来ていたのなら、いったいどんな生活や取引や交流があったんでしょう。いまデンマークの皇太子ご夫妻が来られてて我らが皇太子ご夫妻と旧交を温めておられるのですが、そういうほのぼのしたものだったんでしょうか。それとも、現代の商社マンと現地生産者みたいなビジネスライクなものだったんでしょうか。文化が根づいて・残るってことは比較的友好的なものだったんではないかと想像します。いやまあ我々も原爆落とした国の音楽聞いて食べ物食べて作業服着てるので、そこは関係ないかもしれませんが。

 古代ロマンてのは「わからないからいい」ってところもあって、その方が想像し放題。向こうから来たスーパースター・ラジニカーントみたいな濃ゆい男前(『ムトゥ 踊るマハラジャ』はタミル語映画だそうです)に一目惚れした大和撫子(さて弥生系シュッとした美女なのか縄文系くりくり可愛い系なのか)が帰郷しようとせん彼について行くの行かないので大騒ぎ……
 ええですな。
 先日サッカーの代表戦で来てくれたハイチ代表のエリボー君、お母さんが日本人で吹田生まれボストン育ち「めっちゃ」が口癖、という見た目もライフヒストリーももう「どこの人」とか分類できんわけですが、国境も無かった頃にはそういう人たちがいっぱい居たんでしょうねえ。
 いいですねえ。

 私たちは学者ではないので、この説が本当(事実)かどうかには実はあまり興味がなく、それよりもこうしていろんな夢を見られることの方が重要です。こういう、人の想像力や創造力を引っ張り出す仮説こそ優れた仮説と言えますまいか。
 それを打ち破るにはディテールの揚げ足を取るのではなく、さらに夢満載の魅力的仮説を提唱することで行っていただきたい。(もちろん身も蓋もない証拠が突きつけられればしょうがないですが)

 おもしろい、ってことはとてもだいじなことですよ。
 大野先生のごとく、88になってもその気持ちを持ってられるかなあ?
posted by ながたさん at 21:57|

2017年10月11日

本「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ




 NHKの「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」の本放送を観て
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=11917
「あっこの人はおもしろい人だ」と思って買って2年ほど積ん読。慌てて読んだ。
 祝ノーベル賞ー。

 まず書き手の端くれ視点で言うと本当に巧い。
 本当の巧さというのはどんなジャンルの技芸でも「なんでもないように見える」ものです。大ネタ1つであとは標準的なユニットを普通に使ってるけど、ドーンと来る。これが凄い。
 料理でいうとジェノベーゼで、めっちゃ美味いんだけどなんだこれはと。厨房覗くとディチェコの乾麺とボスコのオイルだ。なぜだこれは。
 どうやって作るんだ?
 いや違う、作り方はわかってる、なぜ俺に作れない?
 これがまず怖い。
 凄い素材使ってる、とか超絶技巧が凝らされてる、方がよほどマシ。諦めがつきますからね。

 大ネタのネタバレが1/3時点、というのも憎い。
 そこまでは「ああなにこれなにこれ」と思いながら読み、そのあとは「あああそっちいったらあかんそっちいったらあかん」と思いながら読む。一ネタで二度美味しい。
『こころ』とか『この世界の片隅に』とかもそうですね。前か後ろの1/3ぐらいのところでガシャッと世界が変わる。

 その大ネタも原版発表が2005年ですから、もはや手垢がついたというかむしろ現実が追い越してしまってる古いネタです。そこを逆手に取って堂々と「もしそういう世界だったら?」と訴えることで、さらに逆に「倫理」的な問題に対して普遍的な問いになっている。
 こうはならなかった現実はしかし、またいつでもこうなりうる。
 それが怖い。
 いや、いま動物たとえば牛や馬、犬や猫に同じことをしてないか?
 なにが違うんだ?

 SFやファンタジーは舞台が日常とは大きく変わっているけど、人間とその考え方はだいたい現代と同じ、という風に組み立てるものです。しかしこれは逆、舞台は寄宿舎の日常でありながら、人間の考え方そのものが変わっている。
 死生観というおおもとの部分を改変されてしまうと、人間が人間でないように見えてくる。
 これも怖い。
 ぜんぶ「死ぬ」ではなく「使命を果たす」って言うんですよ。
 怖いでしょう?
 クルマで1時間以上掛けて荒れた湿地へ小さな難破船見に行くんですよ。それがレクリエーション、お楽しみ。隠喩抜きにしても嫌でしょう? でもリアリティあるんですよ本編では。

 エリス先生、「昔、名を馳せた老婆」ってのは本当に怖い、というのは現在の日本でもよく見る風景ですが、いや本当に怖い。マダムの方がよほど人間としてわかりやすい。

 いま振り返ってみても特別なことは何もしてないのですが、全体として特別なものになっている。これぞ小説。
「文学とは」という問いに、いま仮に「『人はなぜ生きるか』を問うもの」と答えるなら、この作品はまっすぐに問うてます。人ではない人、人ではない人にされている人でしかありえない人、の語りを借りて。
 ここもたぶんにメタ的というか、表現難しいんですけど、変化球のようでストレートずどん、という感じ。
 逃げられないんですよね。ハムレットが「to be, or not to be」と呟く時にしかし僕らは他人事、なわけですが、これはそういう「これはこの人の話」という意識の逃げを許さない。なぜというならキャシーはわたし自身だから、です。
 こんなに境遇がかけ離れている人物を、まるで自分(読者)のように、自分でしかありえないように思わせる、そのように描く、これが凄い。そして怖い。

 お若い方に「『小説』とやらを読みたいのですが、一冊読むとするなら」と尋ねられたら、いままでだったら僕は「『こころ』」と答えてましたが、こっちにするかもしれない。読みやすい上に普遍的だから。

 読み終えたあと「ああ、生きててよかった」と思える本は、いい本です。
posted by ながたさん at 04:26|

2017年10月10日

本「もうレシピ本はいらない」稲垣えみ子




 まずツッコミどころからいきますか、とりあえず
「まあ、お一人やったらねえ……」
 ウチの奥さんも結婚前はひとり暮らしあるいは実家で料理してたんですけど、「僕の分まで作らないと」と思ったらこれがしんどい。
 またウチの母も僕の分作らなくて良くなったので腕の振るい甲斐が無くなって寂しいのかなと思いきや「何も考えなくて良くなったので楽」とこうおっしゃる。
 僕自身もちょっと疲れてたりする時には、自分ひとりなら袋麺を茹でて啜って終わり、のところ、待ってる人が居ると思うとせめておかず一品でも、と思ってしまいます。(もちろんホンマにしんどい時は「なんか食っといてー」と言って寝ますが)

 つまりその、ひとりだったらなんとでもなる。
 レシピなどで困ってる人っていうのはだいたいひとりではないんだ。

 2点め、読み進めていくと自家製のぬか漬けが出てくる。
 ぬか漬け!
 いやその恐怖心先入観固定観念こそ取り払うべきものなのだ、と作者は力説されてますが、子供の頃からぬか床がどうにかなって
「あーもう!」
と嘆く母の姿を見続けてきますと、とてもとても半端な気持ちで取り組むべきコンテンツだとは思えない。
 ぬか漬けが象徴的なんですが、ぽろりぽろりと「いやそれはめんどい」ということがサラッと書いてある。
 朝早く起きて3日分のお米を炊く
 それがもう無理。
 それをおひつに
 おひつ!
 あの油断するとすぐカビて洗いにくく干す場所もなく置き場所にも困るあの食卓の総大将を、わざわざお使いになる!
 このへんで
「あこの人本質的に料理好きなんだな」
と悟ります。
 つまりレシピ本ではありませんが料理本なので(あたりまえか)、「食い物のことに困っている人」への福音書ではなく、普通に料理好きの人に対して「ミニマル食卓」を提案する書。その意味では以前ご紹介した土井善晴先生の『一汁一菜でよいという提案』の類書です。
http://rakken.sblo.jp/article/177913078.html



 あと佐々木俊尚さんの「家めしこそ、最高のごちそうである。」
http://rakken.sblo.jp/article/98136686.html



 稲垣さんは以前は、家族や同僚がお祝いといえば調理器具を贈ってくれるような料理好きで知られた方で、文字通りレシピ本に埋もれて暮らしていたそうな。その日々は決して無駄ではなくて、その時反復練習した整った味のレシピたちが、その場アドリブで味加減する時の暗黙知データベースになってると思います。
 そんなもん「ぬか漬けを炒め物にちょっと入れると味に深みが」とか言われたってわれわれビギナーズは「あー怖い怖い怖い怖い怖い」ですよ。(まあそれが怖いとわかるのも経験のおかげですが)

 逆にいうと、ここに描かれている食生活が本当に豊かだ、という事実は、なによりも本人が楽しそう、というエビデンスによって保証されています。その点嘘偽りはない。
 クックパッドの人気メニューを無造作に並べた雑誌をめくるよりは「おいしいもの作ろう」スピリッツは湧いてくる。

 余談ですが最近、クックパッド・システムって集合知(らしきもの)の弱点をさらけ出してて、「おいしいレシピ」じゃなくて「会員が反応しそうなレシピ」が上位に来るんですよ。
 具体的にいうと砂糖使いすぎ。
 みんな甘いの好きやなあ……
 さすがに2年近くやってると多少勘も芽生えるもので、「いやこの内容で味醂も砂糖もは多い」と思って減らしてちょうど、みたいな。
 選挙とかPOS商品管理とかなんでもそうなんですけど、ここの乖離が現代のいろんな不幸のもとではないかと思い、また逆に考えれば、AIとか短期的にはたぶんそれしかできない(「会員が反応しそうな」を探す)ので、「おいしい」を作れる人の希少価値は変わらない気がする。

 繰り返しになりますが、「一粒食べれば一日元気な「仙豆」みたいなものがあればなあ」と妄想するような方にはオススメできませぬ。
 逆に「おひつご飯」「ぬか漬け」「干し野菜」「アレンジ味噌汁」「ストウブ」「ダッチオーブン」などといった単語にピクッとなる料理好き向けの書でございます。
 おもしろかったです。

 やはりそろそろストウブかル・クルーゼかバーミキュラの鍋をひとつですね……またそこから行く。
posted by ながたさん at 16:17|

2017年10月09日

楽しまなあかんのか


 最近思うんですけど、スポーツ選手が意気込みを聞かれて
「楽しみたいと思います」
と言わはるでしょう。
 スポーツ選手は元々好きなこと、つまり楽しめることをやってるからいいんですけど、普通の人ってそういうことってできるもんなんですかね。
 たとえば受験に向かう子にニッコリ笑って
「楽しんで!」
とか言えませんよねえ。

「楽しむ」というのは「そのことに向かい合う」時のやり方のひとつに過ぎず、それには、その人それぞれで個性や好き嫌いもあれば、時代の流行りもあると思います。
「他の誰でもない自分自身のために」もあれば、「お国のために」の頃もあり、もちろん「金が欲しい」「モテたい」も立派な姿勢です。なにかの抑圧から逃げてるかもしれないし、強迫観念に突き上げられてやってるかもしれない。それは当人には不幸ですが実際ある(だろう)ことだし、結果は物理的に出てしまうので、楽しむ人が「これに負ければ玄界灘に身を投げねば」という真っ青な顔で立ち向かう人に負けることもままある。

 自分の「なにか」でいいんではないですかね、別に楽しまなくても。
 楽しめなくでも。

 さっき「≒」で結びましたがそれは「好き」という魔法の言葉でも同様で、別に好きを仕事にせんでもええし仕事を好きにならんでもええし、それは家族や友人だってたぶんそうです。
 義務感や責任感や正義感や、いや、「しょうがねえな」という諦めだったり「恩を返したい」という気持ちだったり、まあそんな綺麗なものやカッコイイものでなくても、別にいいと思うんです。
 手が身体が動けば。
 いまたいせつなのは現実を動かすために手を身体を動かすつまり「やる」ってことで、やってさえ居ればその奥に何を考えてようと思ってようと感じてようと、構わない。

 馬齢を重ねると、このへんのことは自分なりの折り合いがつけられるようになってくるのですが、若い頃は要らん罪悪感に軽く苛まれたりもしたものです。
「オレ別にこれ楽しめても無いけど、ええんかなやってて」
みたいな。
 いや、それはやれるポジションに居てやってよしと許されているならば、別にやってていいんだよ。

「おまえのそれはダメだ」
と罪悪感を投げつけることは相手を支配、が言い過ぎなら制御する第一歩で、あまりそういうことをビュンビュンやってくる人間や媒体や組織や仕事やなんやかやからは、逃げ出した方がいい、というのは普遍的な話。

 楽しまなきゃならないこともないし、
 楽しんじゃいけないこともない。
 と思います。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月08日

ワイヤレス・サイレント・マウス「M590」Logicool




 使ってたマウスがチャタり始めたので、新しいのを。
 条件はサイドボタン付きで、できればワイヤレスで、手馴染みのいいもの。
 最後が厄介で、こればかりは現物摘んでみないとわからない。その面では以前使ってましたMicrosoftの通称「社長マウス」(Wireless IntelliMouse Explorer)



以来、わりとマウス難民と化してます。いろいろ使ったのですがどうもしっくりこない。しっくりこないから、壊れたり調子が悪くなったら「同じもの買い替え」ではなく違うのを買う。
 ということでそれ以来5個目か6個目か……です。
 店頭で触ってみて「ああ、まあこれなら」という感じで。

 安価なモデルなのでサイドのラバー風塗装はすぐ剥げてきそうですし、ホイールの回転はもうちょっと重い方が好みですが、ポインティングの正確性とワイヤレスの信頼性はここ数年非常に向上していて、文句なし。上述のマウスの頃は、触った瞬間、つまりスリープからONになる瞬間がやっぱり鈍かったもんです。慣れもしましたけど。
 電池持ちも最近は忘れるぐらいいい。

「静音」マウスやキーボードが流行ってて、まあ僕は家で使うものだしどっちでも、という感じで特に意識してなかったのですが、使ってみると結構いいですね。
 カチコチ音も言ってしまえば騒音なので、無ければ無いに越したことはない、という感じ。無理して積極的に選ぶほどではないけど、あれば否定するほどではない、という感じです。
 それによるスイッチのタッチの劣化(たとえばぐにゃっとする、とか)もほとんど感じません。

 2台のPCをシームレスに繋げられる機能があるのですが、試してません。2台のPCなら2セットのキーボード&マウスを用意した方がたぶんいいです。『FFXI』やってた頃にいろいろトライしましたが、結局それが一番でした。いまは技術が進歩して違うかもしれませんが。

 ロジに限らず、いまマウスは本当に消耗品なので、耐久性はわかりません。
 見るからに無さそうです。
 でもまあ価格もリーズナブルだし。
 次?
 いいの無かったらこれで、ぐらいの気に入り方です。
 キーボードはリアフォやリベルタッチのような高耐久オーソドックス機があるのに、なぜマウスには無いのか。いやあるんですかね、知らんだけですかね。
 ゲーミングデバイスから撤退する前ぐらいまでの、往年のMicrosoftは良かったですね……

 色は赤やグレーもありますよ。

posted by ながたさん at 00:00| ガジェット

2017年10月07日

珈琲「デカフェ・モカ」辻本珈琲




 元々は奥さんが、珈琲によって「眠れなくなる」のがあって、でも飲みたいと。こりゃもうデカフェの美味しいのを探すしか無いな、ということでいろいろ当たっていると、この夏このリキッドに辿り着きました。



 なかなか良かったので6本セットを買いましたら、おまけでドリップが2つ付いてきて(モカとコロンビア)これも飲んでみるとまあまあ。ということで思い切ってまとめ買い。
 イケますよ。飲めます。
 すくなくとも珈琲が飲みたいときに、「いやカフェインが」と飲みたくもないのにハーブティーとか梅昆布茶飲むよりはずっといい。

 実は僕も飲んでます。
 僕も20代の頃は珈琲ぐらい何杯飲んだって平気で眠れる人でして、むしろもうちょっと覚醒効果があって眠れなくなりたい、と思ってたものです。が、寄る年波、最近3杯飲むと睡眠時間が短い。
 僕の場合は寝入りが悪くなるのではなく早く目が覚める。
 もちろんカフェイン入りも1杯は飲まないと元気が出ないのですが、もう夕食後はこれ。
 胃への負担も軽いっぽい。

 最近の技術はすごいですね。
 次は珈琲豆使わない珈琲(の決定版)ですかね。

 コロンビア、バリアラ、3種セットもあります↓


posted by ながたさん at 02:58|

2017年10月06日

セダンのカタチ


 2年に1度の東モ(東京モーターショー)の季節、この時期は「これ出すで」と各社がプレリリースしてくれるので楽しい。
 気がつけば、トヨタの、いや日本のもはや事実上唯一の「高級車」といっていい、クラウンも出る。
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1084351.html

 こういうカタチのクルマを「セダン」と呼ぶのですが、全世界的にいまはセダンの人気が落ち、SUV(背の高い四駆風のありますよね、あれ。トヨタで言うとハリアーとか)の方がウケてます。
 セダンをスーツとすれば、SUVはアウトドアブランドのダウンジャケット。そりゃ軽くて暖かくてカレーうどんの汁飛んでもさほど気にならない方が、日常は使いやすい。

 しかしスーツにはスーツの良さがある。

 私、セダンのカッコよさというのは、スーツのように着る人をパリッと見せてくれるところ、だと思うんです。なんといいますかね、あれを着ること自体、「社会に真面目にコミットしますよ」という宣言なんですよね。
(だから我々フリーはまずスーツを脱ぐわけです)
 ということは、セダンたるものできるだけカチッとしていた方がいい。カタチ的には四角四面な方がいい。
 特にボディ後半、Cピラーは立ってれば立ってる方がいいし、トランクは独立してればしてる方がいい。
 トランクはビジネスマンのアタッシェケースなんですよ。リュックやトートやキャリーバッグ、いまは便利な鞄が多数ございますでしょう? それでも私は、容量が限られ容量比で重く高価で取扱も気を遣いかつ角をぶつけると痛い、このアタッシェを持つ。というのは、中に入ってる情報を守りますよ、という「覚悟」の表現なんです。
 だからセダンは、ますますその覚悟を、つまり四角いトランクを見せつけねばならない。
 また後席も「だいじなひとを乗せるんだ」(それはもちろん取引先や上司だけではなく家族もだ)という覚悟を表すには、Cピラーを立てて、「後席の頭周り」というオーナー(≒ドライヴァー)にとってはなんの意味もない空間を大切にせねばならない。いや、「大切にする人間ですよ」と声高に訴えねばならない。

 ところが最近、(空力上の要請もあるとはいえ)Cピラーは寝かせるだけ寝かせて、トランク上鉄板は薄く狭くなりつまりトランクの存在感は希薄になりつつある。
 そのくせ、顔は立てて大面積で押し出さなきゃいかん、という意識は続いているので、顔だけ目立つ「竜頭蛇尾」みたいなデザインになっとるんですわ。メルセデスのS、E、Cの3ラインもそうだし、BMWやアウディに至っては、5ドアハッチ系列をヴァリエーションとして加えている。
 クラウンも代によって(あとロイヤルやマジェスタといったシリーズによっても)イメージはちょっとずつ違うんですけど、がんばってはきたんですけど遂に決壊、という感じ。

 逆の方からいうと、
「セダン欲しい人はそうじゃないだろう」
と思うんです。なんとなればウチの亡き父がそうで、最後は190E、その前が90系トヨタ・クレスタに乗ってたんですが、その彼は
「本当を言うとクラウンのセダンがいい」
と言ってて、街を走るタクシーを思い起こしていただくかあるいはWikipediaのクラウン・セダン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%80%E3%83%B3#/media/File:1993-1995_Toyota_Crown_Sedan_3_No.jpg

 これですよこれ。
 これでしょう?

 近年だとあるいはクライスラー・300(C)の初代
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%BB300#/media/File:Chrysler-300C-SRT8.jpg

 これでしょう?
 ちゃいますかね。

 たぶん問題は、自称「セダン乗り」とか「セダン好き」という人々で、彼らは言うなれば日常仕事でスーツを着アタッシェを持ち歩いているのに疲れているからか、「クルマぐらいは」というノリで、流麗な方がいい、軽やかな方がいい、とデザイナーを惑わすのです。
 そういうクルマはセダン以外にいっぱいあるので、セダンで無いものに乗りゃいいだけなのに、セダンでそうしろ、という。
「遊び心のあるスーツ」
を作れと言うわけです。
 作れるか。
 作っても着ないくせに。
 で、そんなダレたスーツはスーツが好きでない人間にも全くリスペクトできない存在なので、結局誰も買わない。
 彼らは口でそう言ってるだけで、スーツを着るしかないのです。そしてスーツであるならば、カチッとカッコイイスーツの方が、絶対いい。
 マクドナルドだってそうらしいですよ、アンケート取ると「ヘルシーなのがいい」って言うんですけど、いざ作って出すとぜんぜん売れない。それよりビッグマックみたいなコテコテのがよっぽど売れる。
 セダンは。
 セダンくさい方がいい。

 だいたいなんですか、その記事の下の方のポスター見てくださいよ、
「TOYOTAが、世の中を変えるために つくったクルマです。」
 クラウン乗るおっさん(おばはん)が世の中変えたいなんて思ってるわけねえだろう。
 なんの冗談やねん。
 今の首相が誰か知らんでも自民党に投票するような連中やぞ。
 理由は「ずっとこうだから」。
 変えたい人は今頃テスラか最悪でもレクサスRXに乗っとるわ。
 わかってますよそういう人に乗ってもらいたいんでしょう?
 無理!
 行く先々でフォーシーズンズに泊まるような連中が、小豆島の古い観光ホテルで朝食にUCCのベンディングマシーンから注がれるインスタント珈琲飲むと思います?
 ありえないでしょう?
 でもクラウンのおじさんおばさんは違うよ。
 それ飲んでくれる。
 むしろウェルカム。
 そういうおじさんおばさんを大事にせんでどうすんのよ。
 もうトヨタしか無いんだから、そういう人たちには。

 まして「ニュルブルクリンク」などという呪われた単語が出てくるに至っては膝から崩れ落ちる。
 世界中(のメーカー)が陥ってるその錯誤については、元『TOP GEAR』の”キャプテン・スロー”ことジェームズ・メイがこう喝破してます。
「ドイツの古いサーキットなんか走って乗り心地良くなるの?」
 まさにそう。
 温泉でひとっ風呂浴びたあとに食いたいのは創作フレンチのフルコースか? 渋い赤ワインとともに?
 舟盛りにビールやろ!?
 百歩譲ってレクサスLSがそういうことを言うのはいいさ世界標準をキャッチアップせなあかんから。でもクラウンにドイツは関係ない! サーキットも関係ない!
 クラウンが! 走るのは! 先斗町の石畳!

 ……と、思っていたらですね。

 サプラーイズで新型センチュリーがデビュー。
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1084601.html
 これも歴史と伝統の最高級車、現行トヨタ車でトヨタCIマークを付けなくてもいい特権を持つ車種はすくなくともあのCIマーク(89年)よりも長く続くブランド、今となってはこれ、クラウン、ランドクルーザー、そしてカローラぐらいしか無いわけですが、67年デビュー来年ようやく3代目。ドイツの首相のように任期が長い。

 ご覧なさいよ比類なきこのカッコよさ。
 これでしょう?
 ロールスの階級意識も無い、メルセデスの威圧感も無い、キャディのウォールストリート臭も無い、しかし、オーラがある。世界がある。
 これぞ老舗温泉旅館の特別室。

 これを、庶民向けにできんもんですかね。
 いや、それをしないからセンチュリーを維持できるんですかね。
 いざとなったらクラウンすら捨てる思い切り、しかしセンチュリーは意地でも守る。この芯の強さは思わず「家康由来の」とかいいたくなりますよね。
 つまりトヨタという会社は「わかってないようでいてわかってる」会社で、それはいったいどうしてそうなるのか、

 ・「庶民騙し」と「いいモノづくり」は別物と割り切ってる
 ・わかってない人もわかってる人も一緒に居られる余裕がある
 ・わかってないけどたまに火事場の馬鹿力を出してわかる
 ・わかってるけどわかってないフリをしないと近代日本では排除される

いろいろ考えられますし複合的なものかもしれませんが、とにもかくにもトヨタなら、電動化電脳化時代もなんとか乗り切ってくれるんじゃないかな、とクラウンとセンチュリーを見比べつつ思います。
posted by ながたさん at 22:23| 雑記

2017年10月05日

展覧会「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展」@国立国際美術館(大阪・中之島)


http://babel2017.jp/

 名作「バベルの塔」が来てます。
 奥方がブリューゲル好きなので引っ張られて行ってきました。平日昼にも関わらず賑わってますが、入場待ちは無し、「バベル」は最前列で観たい人だけ並びます。(その肩越しでよければすぐ観れます)

 もっと大きいもんかと勝手に思ってました。
 ほら、ネーデルラントというからルーベンス「夜警」みたいなものを想像しませんか。3倍拡大画(ただコピーしただけではなく、いろいろ手を掛けてテクスチャなどもできるだけ再現したもの)も置いてあったのですが、そのぐらいのイメージでした。
 でも逆にいうとめちゃめちゃ細かくて丁寧な描き込みで、しかもそのシラミみたいな3mmの人間に躍動感がある。

 ブリューゲルは前記には寓話的・神話的素材を描き、後期には農民たちの生活をリアルに描く、まさにネーデルラントのルネサンス期をまたぐような作家で、この「バベル」(2つめ)はリアルな筆致で神話がモティーフ、というまさに集大成です。人物が得意な作家の代表作が建物、というのも芸術の皮肉が効いてていいですね。
 いや、「バベルの塔」は御存知の通り人間の傲慢の象徴、「人を描かずして人を描く」という境地に達した作品とも言えましょう。
 などとわかったようなことを言い。

 ヒエロニムス・ボスの「放浪者」と「聖クリストフォロスの物語」もあります。「奇想の画家」と言われるように画面にユニークな小物や、「モンスター」と呼ぶもはばかられるほどケッタイな生き物たちが溢れています。また、後の作家たちが、「ボス風」の「変なもの」を思い思いに描いていた版画も多数。
 イラストレーターなど志望の若人はイマジネーションのタネありていにいえばパクリ元として観て損なし。
 だいたい人間の考えられうることなんか限界がありますからな。誰かが考えてくれてたらコピーすればいいのです。

 基本コンセプトがガラッと変わる時期、というのが、いろいろグチャッと混ざってて、おもしろいですね。
posted by ながたさん at 00:00| 雑記

2017年10月04日

バル/ビストロ/ワインバー「赤白」(こうはく) ルクア大阪 B2F


https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27084544/

 はい関西方面の美味しいもの好きにはもうすっかりおなじみの「赤白」グループ、ルクア店にようやく行けました。平日18時前でわずかにウェインティング。
まきをに教えてもらった」と鉄っちゃんとF師が行って「美味いよ」言うので行ってみたかったのです。この3人が揃って美味いというなら間違いない。

 美味しかったです。
 まあ美味しい店しかblogに書かないのでこの段落は不要か。
 だいたいバル系は生というか「そのまま持ってきました」というお店が多くて翌朝生ハムの塩気が喉元まで戻ってくるものですが、ちゃんとアレンジよろしく換骨奪胎、食べやすい。
 お大根にポルチーニソース。
 卵にスモークサーモンタルタル。

 料理もお酒もボリューム控えめ、その代わりにお値段も控えめ。いわば洋風立ち飲みですが、もちろん椅子あり、盛り付けも可愛く凝ってて、思わず長居しがち。「待機列ができたら2h制限」というわかりやすいルールでそこかしこで「すみません時間で」の声。店員さんもワインと料理の知識ちゃんとあり、頼もしい。
 今回は飲み物で
・スパークリング、赤、白、葡萄ジュース、炭酸水
食べ物で
・名物フレンチおでん(大根、卵)、牛頬肉煮込み、鶏胸肉焼、鯛ポワレ、鯵カルパッチョ、フライドポテト
 これで6500円。1人3000円ちょい。
 そら流行るわ。

 ホワイティにもう1店舗
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27069385/
 三番街のは鉄板焼きのお店
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27093070/
こちらも短時間ですが行ったことあって、ワイン美味かったです。
 ワインはボトルも豊富、わたしぜんぜんわかんないのですがお好きな方でもガッツリいけるのではないでしょう、か?

 どこも混んでますので早めの行動が吉。
posted by ながたさん at 14:31|

2017年10月03日

イベント「ラーメン女子博 IN 大阪」2017


http://www.ramengirls-fes.com/osaka/

 オクトーバーフェス、肉フェスに続いてラーメンフェスじゃーい。
 長居公園自由広場はすっかり食いもんフェス会場と化し……
 大歓迎。

 奥さんと行ってきました。1杯900円で1杯ずつつまり2杯。
 ちなみに「モヒカンらーめん」さんと「まぐちゃんラーメン」さん。
 どちらも美味しかったです。
 でも明日休みで5日から店替え。9日まで。
 「女子」と付くように1杯が小ボリュームです。成人男子なら2杯、お好きな方なら4杯ぐらいはイケるかも?
 飲み物ありますが高いので持参か道中のコンビニ購入で(別に叱られません)。
 盛り付けもどこもインスタ映えを意識した美味しそうな盛り。叉焼の端っこをわざと丼の外に垂らしたりね。

 確立した大チェーン系でない新興ラーメン店は、だいたい味が濃いですね。とにかく一発目ガツンと殴って覚えてもらおう、という意図ですかね。
 でもあんまりやりすぎると、たとえばスープ飲み干せないぐらいだと、次回以降の来店頻度が落ちると思うのですが……そのへんはお金の動く業界だけにコンサルタントとかが暗躍してるんでしょうか。やだなAIとかで味付け変えられてたりしたら(笑)
 ま、そうは言ってもガツンと来るのは来るので、そもそも麺類はファストフード、ズズッと啜ってごっそさん、と考えるとそのぐらいが王道かもしれません。立ち食いそばのつゆだって飲めないぐらいだし。

 メン類というぐらいで男子はほっといても来るので、「女子特化!」と謳うのは巧いと思いました。
 IKEてるIKE麺たちもオモテナシ、会場女子率高いので遠慮なく音立てて啜ってくださいな。

【追記】
 2周目行きました。
 背脂・海老味噌の「丸め」さんと塩の「山崎麺二郎」さん。どちらも美味しかったです。
 店舗によって製造速度に差があるので、列の長さと旨いマズイは比例しません。だいたいどこも旨いのではないかと思います。

posted by ながたさん at 22:56| 雑記

2017年10月02日

デザートレストラン「サラベス 大阪店」ルクア イーレ B1F


http://sarabethsrestaurants.jp/

 昼下がりにポケッとしてましたら
「マウスが動かーん!!」
と泣きながら奥さんが……デジャヴ?

 奥さんはマウスにシビアな人で、さんざん様々なマウス&トラックボールを試し倒した挙句に辿り着いた、なんとか使える一品がそれで、それがないと仕事にならない。
 予備も無い。
 買いに行くしか無い。
 iBUFFAROのモデルなので近所のジョーシンでもあるかもしれないけどないかもしれず、無いと無駄足なので絶対にあるヨドバシ梅田まで。

 時間の関係でのんびり夕食、というわけにはいきませんがさすがに都会に出てきたからにはスイーツのひとつも貪らねばもったいない、ということで事前に当たりをつけていた(女子はいつのまにかそんな情報を仕入れますね……)「リンゴ」のアップルパイを……
https://www.fashion-press.net/news/31793

 コミケの壁サークルかよ!

 最後尾札の出る満員御礼行列失礼の模様で、半笑いで諦めてしかし甘味は諦めきれず、とフラフラ彷徨ってあからさまに高いけどオサレだし、と入ったのがこちら。
 美味しかったです。
 レモンリコッタパンケーキをいただいたのですが、パンケーキはもちろんのこと添えられていたブルーベリーと木苺がとても美味しくて、これはいい果物だと。果物の美味いのは高いですからねー。珈琲もマシンですが豆はいいと思いました。サーブ早いのなんの。合理的です。

 webでメニュー見ていただくとわかりますがやはり絶対金額として高いですが、それがゆえに空いてそうだしロケは抜群だし居心地はいいし、梅田で茶しばくラストリゾートとして記憶しておく価値はあると思う。

 最初有名店と知らない田舎者夫婦は
「……これイギリス?」
「いやーちょっと違うねー。紅茶力入ってないし……」
 だいたいそういう時はアメリカ、の東海岸、ですね。
 なんであのアメリカ人って紅茶に極端に冷淡なんでしょうかね。イギリスを想像させるものが嫌いなんですかね。
 しかし我々は「マンハッタン」という言葉にも弱い。マンハッタンって付いてると無骨なパソコンだってオシャレに感じちゃう。
 今度は軽食をいただきたいと思います。
posted by ながたさん at 00:00|