2017年10月12日

本「日本語の源流を求めて」大野晋




 風の噂には聞いてましたがおもしろいですねこの本。
 言語の比較と文化の比較から、南インドのタミル語と日本語との関係を探る、碩学・大野晋の集大成(のダイジェスト版)。
 冒頭の恩師・橋本進吉先生との回想が泣ける。昔の人は本当に勉強を学問をしたんだな、というのを痛感、もう「ああやっとけばよかった」なんて言葉も恥ずかしすぎて口にできない。まだ間に合う若人たちにはぜひこの冒頭だけでも読んで背筋を伸ばされるのがそれからの人生に極めてよろしかろう。

 音素の分解比較の方は、ぼくまるっきり見識もありませんし「そういうものなのかな」で進むのですが、楽しいのはやっぱり文化の方。水田稲作・機織・鉄という基本要素がよく似ていることに始まり、妻問婚(母系相続)、小正月のカラス勧請にとんど焼き、そして墓、そこに刻まれた文様。
 もしも南タミルから真珠を交易に来ていたのなら、いったいどんな生活や取引や交流があったんでしょう。いまデンマークの皇太子ご夫妻が来られてて我らが皇太子ご夫妻と旧交を温めておられるのですが、そういうほのぼのしたものだったんでしょうか。それとも、現代の商社マンと現地生産者みたいなビジネスライクなものだったんでしょうか。文化が根づいて・残るってことは比較的友好的なものだったんではないかと想像します。いやまあ我々も原爆落とした国の音楽聞いて食べ物食べて作業服着てるので、そこは関係ないかもしれませんが。

 古代ロマンてのは「わからないからいい」ってところもあって、その方が想像し放題。向こうから来たスーパースター・ラジニカーントみたいな濃ゆい男前(『ムトゥ 踊るマハラジャ』はタミル語映画だそうです)に一目惚れした大和撫子(さて弥生系シュッとした美女なのか縄文系くりくり可愛い系なのか)が帰郷しようとせん彼について行くの行かないので大騒ぎ……
 ええですな。
 先日サッカーの代表戦で来てくれたハイチ代表のエリボー君、お母さんが日本人で吹田生まれボストン育ち「めっちゃ」が口癖、という見た目もライフヒストリーももう「どこの人」とか分類できんわけですが、国境も無かった頃にはそういう人たちがいっぱい居たんでしょうねえ。
 いいですねえ。

 私たちは学者ではないので、この説が本当(事実)かどうかには実はあまり興味がなく、それよりもこうしていろんな夢を見られることの方が重要です。こういう、人の想像力や創造力を引っ張り出す仮説こそ優れた仮説と言えますまいか。
 それを打ち破るにはディテールの揚げ足を取るのではなく、さらに夢満載の魅力的仮説を提唱することで行っていただきたい。(もちろん身も蓋もない証拠が突きつけられればしょうがないですが)

 おもしろい、ってことはとてもだいじなことですよ。
 大野先生のごとく、88になってもその気持ちを持ってられるかなあ?
posted by 犀角 at 21:57|