2017年10月27日

本「応仁の乱」呉座勇一




 WW1との類似が最近よく言われますが、なるほど
・誰もやりたくなかったし早く止めたかったけどダラダラやっちゃった
その割に(それだからこそ)
・影響が巨大
という面でよく似てます。
 学校の日本史の時間では、将軍家の跡目問題(弟vs子)に山名宗全と細川勝元が肩入れして……と習ったわけですが(いまは少し違うんですかね)それは起きた事実を「わかりやすくなる形」に持っていくとそうなる、というだけで、ことはそう簡単ではない。
 その「権力争い」というわかりやすい動機が実は無い。

 なにかトラブルが起きた時に、以前あの人の時出ていって加勢したから、この人の時に行かんわけにいかんなあ……と大物が出ると、それが逆側か見れば「誰それまで出てきた!」という大事になる。「ウチの大将を呼べ!」みたいな。実は大将同士は別に仲が悪いわけでもない。といって、二人共「立場」があるので、二人で握手すれば話が終わるってもんでもない。トラブルが長引くと構成員たちの利害が複雑に絡み合って、もう止まらない。最初の目的と違うところで違う相手と勝手に争い出す。
 人間社会によくある風景です。

 で、この騒乱のために、領国を守るためには現地に張り付く必要があって、一旦戦さに参加するために京にのぼった大名たちが、その文化ごと領国へ帰って、でその縮小コピーみたいなのをいっぱい作る。この時期の遺構が発掘されるとおもしろいように当時みなが集った管領家のお屋敷そっくりだそうです。
 この接ぎ木を祖として各地方に文化が独自の花開く。
「「応仁の乱」の前後で日本の姿はくっきり変わった」
という認識がいまでは定説と言っていいそうですが、なるほど今の言葉で言いますと「地方自治」と言いますか、もっと大きく言えば民主主義、
「おらがことはおらで決める」
が否応なしに成立した画期だったのか、と思いました。

 主体性の無い争い事の方が傷跡が大きいですね。
 太平洋戦争の日本とかもそう。
 止めらんない、から国が滅ぶ。

 研究者らしく微に入り細を穿つ丁寧すぎる仕事、それによってちょっと読みづらい、のですが、ともかく、いやだからこそ、「偶然がいくつも重なり合って」という歴史の醍醐味を嫌というほど味わえる本です。
 歴史好きを自認されるならお読みになるとよろしかろう。
posted by 犀角 at 00:00|