2018年01月04日

本「羽生善治 闘う頭脳」羽生善治


 ハブさんは凄い。
 ハニュウくんも凄いけどハブさん長い間凄い。
 「永世七冠」とか意味わかんないですよね。
 どのぐらい凄いかってWikipediaの「将棋のタイトル戦結果一覧」をご覧あれ。(ハブさんは赤)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%86%E6%A3%8B%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%AB%E6%88%A6%E7%B5%90%E6%9E%9C%E4%B8%80%E8%A6%A7

 真っ赤っかでしょう。
 なんですかこれは。
 89年の竜王が初タイトル、そこからこの17年の竜王まで28年間で201個のタイトルが発生してそのうち99個を奪取。
 半分。
『ドラクエ』の竜王のセリフ覚えてますか、決戦前に勇者に選択を迫るんです、
「もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんを
 たなか にやろう。」
 羽生竜王はこうして世界の半分を残りの棋士に分け与えている。

 今年も(得意の)王位・王座を若手にポロポロと譲って久しぶりに一冠(この表現がすでにおかしい)に後退したあたりで、ニュースだけ見てる方なら「いやぁ羽生さんも年か」なーんて思われたかもしれません(いやタイトル持っとるって)、が、口さがない将棋ファンの間では、
「これは満を持して渡辺を倒すための準備ではないか」
などと囁かれたものです。タイトル戦は長く続くので、粘ってると後で始まったタイトル戦とスケジュールが被ってくるんですね。だからわざと負けてクリアーな状態で闘う、と。

 並の棋士なら「そんなアホな、大切なタイトルを」と一笑に付させれるような穿ち過ぎた見方も、「もっと大切な永世称号が掛かってる」となれば話は別。そんな穿ち方をされてること自体凄い。

「永世」の基準は各棋戦によって違うのですが、ともあれ連続5期とか通算7期とか長らくそのタイトルを保持せねばなりません。羽生さんにとって最後に残った永世タイトルが(この表現もまたおかしい)この竜王で、これ渡辺さんに過去二回、阻まれてるんですよね。
 しかも最初の2008年は3連勝後の4連敗(この言葉聞くとわたしら往年の近鉄ファンはいまだに胸がシクシクする)、これはタイトル戦では初の大逆転劇、おまけにこれに勝った渡辺が初代永世竜王、ということで因縁の相手、「倒すなら渡辺」というまさに将棋神が整えた三度目の大舞台、ここでズバッとやっちゃうところがスーパースター。
 去年はスーパールーキー藤井聡太さんの連勝が話題になりましたが、どっこいラスボス健在という感じです。

 あ、本の話ですね。
 羽生さんのイノベーティブな点は、これは若い頃よく言われたことですっかりもう当たり前になっちゃったので(真にイノベーティブなことは「あたりまえ」になるものです)もはや皆さんお忘れかもしれませんが、
「将棋はゲーム」
と言い切り、人間力とかそういう妄想の産物を排除したことです。
 女・酒・博打、遊んで遊んで強くなる。
 そんなわけないでしょう、と。
 代わりに研究・試行錯誤・実践。学んで学んで強くなる。
 これ自然。
 霧と霞の向こうに遊ぶ神様たちが、青天白日のもと闘う(頭脳)アスリートになった、みんながそう思うようになった、のはこれ羽生さんの存在が大きい。(もちろんそれは本書で羽生さんも言っているように、それ以前の棋士たちが少しずつ開けてきたドアなのですが)
 ひとの、いや社会の認識を変える個人、というのはやはり天才と言うしかあるまい。
 むしろ天才の定義をそれとしてもよい。

 対談でもインタビューでも、相手がその秘訣、「神秘」を聞き出そうとあの手この手を繰り出してくるのですが、羽生さんの答えはいつも具体的かつ身体的。容易に観念論同士が闘いそうな場面でも
「そのやり方は私には合わないので」
とサラリと身をかわす。
 おそらくここに強さがある。
 人間は「やり方」をシステム化して改良したり、応用したり、たくさん用意したり、したい。
 「よくできる」人ほど、したがる。
 それは確かに強力な武器なんですけど、相手がある場合、固定されたやり方を繰り出せば、もしそれが対策されていた場合、簡単に負ける。だから流れの中、変化の中で、その時その瞬間に応じて「やり方」を変えたりチューニングしたり、絶えずし続けなければならない。
 この「相手」とは、人間のみならず自然でも何かの物体でも研究対象でも同じ。
 だから「必殺の羽生戦法」みたいなものは存在しえないのです。羽生さんが強くあるかぎり。

 それは羽生善治だから?
 いや、凡百の我々こそそうでなければ、と思いますよ。
posted by ながた at 12:41|