2019年02月07日

相手にプレゼントを渡すこと



 鴨頭嘉人さん@YouTube。

https://www.youtube.com/watch?v=Vg0SaqWq20E

 NY帰りのエリートサラリーマン、okbちゃんに教えてもらった動画です。
 つまりこれもプレゼント。

 その冒頭のセレクトショップの店員さんの話が例としてすごくわかりやすく、また憧れるのですが、そんな店員(セールス)はそうは居ない。
 つまり「GIFTする」、し続けるのがいかに大変か、ってことで……まあ、でも「そうであろう」と心がける、意識し続ける、習慣にしようと目論む、のは姿勢として正しい。
 いやー、ぼくもなんとかそうでありたいなあ。
 ぼく一応言葉を遣う仕事してるはず(最近ホント自信無いス)なので、言葉を贈り物にできるように、精進します。

 いや、言い訳じゃないですけど、ぼくそういうのヤだったんですよ。若い頃は。
「『ありがとう』とか言うてる暇あったらやれや」
「『ありがとう』言うたらやらんでええと思ってへんやろな」
とかとか。
 行動して現実を動かすのがまず第一で、そこに言葉は必要ない。
 動かせないなら言葉なんかなんの意味もないし、動いたらまた不要なものだし。
 と、言葉に人一倍関心があったからこそ、必要以上に「言葉の無力」を強調していました。
 ……んですが、まあ年取ってくると、潤滑油とか、テーブルの上の一輪の花とか、それがエンジン本体やお昼の焼きそばそのものより場合によっては大切だったりすることもある、という、これもまた現実をよく体験するようになり、「どっちもたいせつ」みたいな気分になってきました。
 言葉は本当に無力でなんの栄養も無いのですが、化学反応における触媒のように、心や身体をポン、と押して、それによって心や身体が動き出して、物事が動き出す、ということはよくあります。
 それでいいし、もしそういう反応が起きなくても、まず自分に対して「いまなにを思ったか」の決着、区切りをつけてそれをもう一度自分に刻む、という効果もあるので、言葉はだいじに遣っていきたい。
 と思います。

 おかえり会ではピロさんと3人で3時まで呑みました。積もる話がありすぎて。

posted by 犀角 at 00:00| コンテンツ