2015年06月01日

読書記録(5月)


 5月はボケーッとしてたなあ……
 反省。

 今月読んだ本などです。
 ぼーっとしてあんま読んでないのも確かですが、(自分にとっての)ハズレが多くてここに載せない本の多かった月です。ハズレだと思ったらその瞬間捨てればいいんですが、どうももったいなく思う貧乏症、治りません。


●本「『忠臣蔵』にヒーローはいなかった! 史実で読み解く普通の中年の底力」菊地明



 ながた『忠臣蔵』大嫌いなのですが、調べものしてていきがかり上たどり着いた御本でしたので、袖すり合うも的に読みました。
 演劇などで有名なシーンを史実と突き合わせて相違を指摘してあり、脚本の勉強にもなる(笑)
 しかし「史実」といっても割と怪しい同時代資料もあるそうで、返す返すも「松の廊下」で徹底した原因究明をセず、綱吉がブチギレて即日切腹させたのが悔やまれます。

 それでもこの本読んでも納得もいかんし共感もできん。
 復讐するなら対象は納得出来ない裁定をくだした綱吉=幕府か、その根拠となった法そのものではありませんか。
 という感想自体がもし近代の人間の頭でっかちでこの当時はそうではなかったというのなら、それは物語のテーマそのものが普遍性のない特定の社会・集団メンタリティに依拠しているという一点で「忘れていい作品」と断じてよい。

「義に殉ずる」
ことがカッコイイのは、その「義」が正義なり大義なり、一応「いいもの」だとどんな時代のどんな社会の人間でも普遍的に納得できるものだからこそで、その行為そのものにはさほどの意味は無い。
 そのへん行為と目的を(わざと)ゴッチャにするのが日本人の悪癖で、毎冬この話が拍手で迎えられているさまを見る度にわたしゃ生まれてきた国を間違えた気分になる。



↑同じ著者さんの別の本です。内容ほぼ同じですがポンチ絵が入るとわかったような気になりますね。


●本「急降下爆撃」ハンス・U・ルデル



 マケプレの値段を見ておわかりのとおり、図書館でも人気でなかなか借りられない一作です。
 ルーデル閣下についてはWikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB
アンサイクロペディア
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB
をぜひ。
 出撃2500回、撃破戦車500両、装甲車など800台、ついでに被撃墜30回。独軍ただ一人の「黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章」授与。ヒトラーが何度も「もう降りてくれ」と懇願するも常に突っぱね片足失っても義足着けてまだ飛ぶ。「鬼神」という言葉でも生ぬるい。

 ただ作品としては非常に淡々と日々の出撃の模様、遭遇した困難とそれに立ち向かった姿が描かれており、「血沸き肉踊る」的なものを期待すると拍子抜けします。また怨念と執念、あるいは逆に愛と勇気的なものも。
 まるで工場に通勤するように出撃し、新製品のデビュー前のように振りかかる困難にコツコツ挑み、長い休みはすることがないと会社に顔を出すように基地に帰る。ワーカホリックのお父さんです。
 このぐらい平常心というか、「なんでもない」構え、構えの無い構えでないと真の実力は発揮できないのか、それとも天性こういう姿勢を持てた人物だからこそこの異常な戦績を挙げられたのか。

 日本のエース・坂井三郎『大空のサムライ』と並べて読むと、
「自信」「気迫」「誇り高さ」
の三つが共通項かな、と思います。
 たいていの人は三つも揃わないんですよねえ。




●マンガ「ばらかもん」11 ヨシノサツキ



 10巻の騒動がキレイにまとまっています。
 新しい敵キャラ(笑)も登場、ついに畑を耕し始めていよいよ田舎者になっていく半田先生……


●マンガ「それでも町は廻っている」14 石黒正数



 ドッペルの話も平行世界の話も真田君との深夜デートも静ねーちゃんの若かりし頃もどれも良かったです。
「日常に潜む不思議」
をこんなに「あたりまえ」のように描けている作品は他にそう無いので、いつも「この馴染みっぷりはどこに起因するんだろう」と考えながら読むのですが、答えは出ません。
 石黒先生ご自身が世界を「こういうものだ」と認識しているという以外には。

『ガダラの豚』の時にも思ったのですが、歩鳥(と静)は「探偵脳」なので不思議話にも現実的なオチが、また逆に現実的な話に見せて実はSFオチ(べちこ焼きの話など)、と「最後までどちらかわからない」ところがこの作品のキモですねえ。


●マンガ「とめはねっ!」14(完) 河合克敏



 完結です。青春モノらしい美しい終わり方。
 作品を仕上げる際の縁の気迫、柔道部顧問を引っ掛ける結希、それぞれの成長ぶりがああ眩しい。

 青春って、どこにあるんでしょうね。

 こういう素晴らしい作品に小学生中学生高校生の頃触れてしまったら、間違いなく間違えて書道を趣味にしてしまう。特に私は祖母が師範だったものでちょっと馴染みがあってですね……
 ああよかった僕の若い頃に「とめはねっ!」が無くて!
 フンッ!


●本「荒木飛呂彦の漫画術」荒木飛呂彦



 はい「コンテンツ製作ノウハウ本」マニアのワタクシが参りましたですよ。
 なかなかの良書です。

 だいたいそういう本で「誰もが認めるエース格」が書いてる本、てのがそもそも少ないんです。ま実践と(教育)理論は違います、世界最高のサッカー・コーチの一人、ジョゼ・モウリーニョにはプロ経験ありませんからね、でもですね、説得力あるかないか言えばやっぱりいい作品書いてる人の言葉の方が重みあるわけです。
 特にマンガではあまり記憶に無いので(手塚先生のありますけどかなり読みにくいです)興味深く読みました。
 実践の部分で少年漫画の、特に『ジャンプ』というかなり特殊な媒体における、かつ三〇年近く前に主流だった、ような要点にフォーカスが当たっているので、一見ちょっと古くも感じますが荒木先生ご自身がおっしゃるように「これぞ王道」であることもまた確かであり、なによりあの才能の塊と言っても誰も否定しない荒木先生がデビュー前後でのたうち回っているという事実に軽薄な批評は引っ込めざるをえません。
 鳥山明先生もデビュー前にマシリト博士に500枚ぐらいネーム没にされてるんですよね確か。

 だからなんというんでしょうね、才能がたとえあっても、それを発揮するためには「発揮の仕方」というメソッドというかシステムというか、があって、それは鍛えたり学習したり教わったりできるんですよ。
 そこんとこうまいこと切り分けてですね、
「いやオレはそんなありきたりのことはしない」
と絞り出す方法論まで全否定したり、逆に
「これさえやってれば大丈夫」
と時間軸横にとって上げて下げての計画表みたいなのづくりばかり一生懸命やったりせず。
「戦略は直感で、戦術は計算で」
という感じですかのう。
 たぶん企業経営なんかとは逆なんですよね。

 ともあれ繰り返しですが何十冊もこれ系の本読んでますワタクシが見ても「読んで損なし」度では五指に入る気がしますので、まあお守り代わりに書棚に一冊。


●ムック「ロードスターのすべて」シリーズ 三栄書房



 NDロードスターいいですなあ(ウットリ
 お金無くて買えないボクは楽器店のショーウインドウに並ぶサックスを見つめる少年のように「すべて本」を枕元に置いて寝ています。きっとサンタさんがプレゼントにくれるはず…(なう6月

(ボクにとっては)幸いなことに、初期受注が3000台ちょっとしか入ってないそうなんですよ。
 これはアレですよ、「本当に良いもの」を評価してしまうと自分の日常が抑圧にまみれた異常なものだと判明してしまうために無意識でそれを避けてしまう、という敗戦後いや明治維新後の近代日本人の心情が発動したに違いない。
 んでこれそういう市場からの同調圧力に負けて2000が載ったりターボついたり屋根が電気で開くようになったり脚が固められたり改悪に改悪が繰り返されつつモデルチェンジしてND型が忘れ去られて20年ぐらい経ってから、
「初期型ND最高!」
とか言い出すに違いない。間違いないよ、それもうヨタハチの頃からずっとそうだもん。
 買うなら今。
 今この初期型を買うしかない。
 山本主査が突っ張り続けられる間に。
 ああ。

posted by 犀角 at 05:45|