2016年08月08日

映画『シン・ゴジラ』総監督:庵野秀明 感想


http://www.shin-godzilla.jp/index.html

「このタイミングでこの人にしかできない」
という作品があるもので。

(今日はネタバレ全開、観に行く予定の方はまた会おう)


 原発事故です。
 メタファーとかモティーフとかってレベルじゃなくて、そのまま。

 コンクリートポンプ車、通称”キリン”が何機も取り付いて凍結液(!)を送り込むラストバトルは、「崩壊すれば日本が終わり」の4号機燃料プールを固唾を呑んで見守ったあの日を思い出して、観てる最中からその日一日夜半まで、心臓が痛かったです。
 観てただけの僕でそうですから、地理的に近かった皆様や、なにより被災された皆様ですとちょっと耐えられない映像ではないかと思います。

 たぶんこの作品が「許される」のは、
・最初から「核の問題」を扱い続けてきた『ゴジラ』
・最初から「文明の暴走による人類滅亡」を扱い続けてきた庵野秀明
がセットだから、だと思います。
 政治劇の、特に前半部をコミカルに、あるいは揶揄的に感じた方も多いかと思いますが、3.11後に著された当時の官邸を知る人たちの書物では「本物」もだいたいあんな感じだったようです。僕が読んだ中では、
『カウントダウン・メルトダウン』船橋洋一
http://rakken.sblo.jp/article/64934200.html
『福島第一原発メルトダウンまでの50年』烏賀陽弘道
http://rakken.sblo.jp/article/174744981.html
に詳しい。監督かなりこのへん研究されたんではないですかね。菅総理が(おそらく)絵撮り用に閣議もいっかいやった話とか、「自衛隊や政府によく話を聞いた」では出てこない逸話なので。

 あまりに深刻すぎて余人には迂闊に触れない主題を、テーマとおのれのキャリアを文字通り賭けて、勝った。企画・論理構成の面ではこれ以上褒めるのが難しいほどパーフェクトです。

 もちろん物理技術の方も言うまでもなく文句なし。
 今回やっと遅まきながら痛感したんですが、庵野監督はハサミ入れるの巧いですねー。とにかくテンポ抜群。レイアウトとか全体の構成で凝ってるところはあんまり無いんですけど、畳み掛けるカット割りで120分一瞬もタレない。
 プロ野球に至るまでの日本のコンテンツの悪弊で、なんか意味なく「もうちょっとタメが」とか言って無駄な時間を浪費することが多いんですが、これはそんなことない。1秒毎に枚数=金を意識せざるを得ないアニメ出身だからでしょうか。とにかく僕には気持ちいいです。
 レイアウトも凡庸という意味ではなくて、「ここぞ」の瞬間に切り札的な絵を温存する。第二形態を初めて正面から見た時のあの気持ち悪さ、初めて光線を出した時のスケール感、そして第四形態が(野村萬斎氏のモーションで)見栄を切った瞬間に流れ出す、伊福部テーマ。
 しびれます。
 在来線爆弾がゴジラ脚元で舞い上がる場面、おそらく物理的には絶対あんなことありえないんですけど、特撮的というか、絵として華やか。3DCGもそうなんですけど、特撮はリアルを求めちゃダメで、「特撮っぽく」無いとダメなんですよきっと。
 と、いまさらながらに。
『エヴァ』のヤシマ作戦さながらの総力戦の緊迫感、『ナウシカ』の巨神兵そのものの必殺光線の絶望感(言うまでもありませんがあのシーンは若き日の庵野監督が描いた絵です)、そして天才しかし変人が揃う巨災対はまさに『オネアミス』を創るガイナックス。使い込んだ十八番の得物を(『エヴァ』と客層も違うからええやろというノリで)ふり回す様を観ていると、「監督楽しそうでよかった……」と200勝を達成した黒田を見るように古株のアニメファンこそが涙ぐむ。

 と、これだけなら絶賛になってしまうんですが、もう一歩踏み込むと雲行きが怪しくなる。

 ゴジラは人間が遠因ではあるものの、ほぼ津波や地震と同じ天災です。あるいは荒ぶる神様と言っていい。
 ところが原発は人間が原因。
 私達が作って、私達が壊して、私達が手に負えてない。
 巨災対はそして日本は、無事ゴジラを凍結できたのですが、福島第一では凍土壁が「やっぱり」凍らず汚染水は今に至ってもアン・アンダーコントロールであり、肝心の炉心デブリに至ってはどこにあるのかもわかっておらず、廃炉の目処は1mmも立っていない。
 ゴジラの放射性物質は未知の物質で、半減期が20日と「2,3年で無害になる」そうですが、我々が現実に膨大にばら撒いたセシウム137はご存知のように半減期30年、100年経っても1/8にしかならない。
 凍結したゴジラの尻尾にはまさに巨神兵のような人型っぽい影が見え、もし核攻撃をしていたら、あるいはこの凍結がもし何かの都合で溶けた時には、ナウシカの「火の七日間」が起きる、と露骨に示唆されています。
 ということは、あんなものが見えてる以上、作中の人々はゴジラをまさに御神体のように扱うだろう、と容易に推察される。ところが現実の我々は、そのような厄神を次から次へなんの合理的な経済的な意味も理由もないのに再稼働に次ぐ再稼働、あまつさえ、(第四形態までの)ゴジラとは比較にならないひとたび事故が起きれば北半球が壊滅する巨大疫病神『もんじゅ』すら止めることができない。
 もちろん矢口蘭堂など日本中どこを探しても居ない。SEALDsの奥田君みたいなイキのいいのが出てくれば、浴びせるのは応援でも賞賛でもなく冷笑と揶揄です。
 あるいはただの不動産屋がアメリカ大統領になろうかというご時世に「名家出身の君の経歴に傷が付く」というセリフに説得力ゼロだ、とか、そのほかにも考え方として、あるいは物理的に、もはや「甘い」とさえ言えるポイントがいろいろある。
 つまりこれは字義通りの夢物語であって夢物語でしかなく、現実の我々はこんな「おはなし」よりはるかにはるかにはるかに酷い。
 そう思うと胸の痛みが夜半まで止まらなかったのです。

 が。
 なんでも気の持ちようです。
 今回監督が描いたのは、
「もし禍ツ神が現れたとしても、われわれならきっと知恵と勇気を振り絞ってお鎮まりいただけるだろう」
というイメージそのものでしかありません。
 それを実現できるかどうか、するかどうかは、我々自身にかかっている。そしてこんな神様でさえ止められるのなら、我々にはもっと自分たち自身を、自由に解放する、できる、力と勇気が備わっているのではないか?
 もう一段簡単に言い換えますと、
「現状はずっと酷い」
「俺達はもっとできる」
の二つのメッセージが重なっているのです。
 監督の意図はどうかわかりません。ひょっとしたら何も考えてなくて、
「ぼくのかんがえた最強ゴジラ!」
をニコニコ作っていたのかもしれません。
 でもそれでも、いやそれだからこそ、作り手の意図を超えて、いろんな思いや考えを、受け取った者に抱かせる。それが「作品が生命を持つ」ということであり、そういう作品は傑作と呼んで差し支えない。
 創作作品においてメッセージというものは、作者が直接意識的に描いて知らしめるようなものではなく、なぜか勝手に描かれてしまうもの、です。

 あと余談五月雨。
 僕の中にも鬱屈した何かがあるんだなあ、と思った瞬間があります。第一形態上陸からずっと、恐怖に追われて逃げ惑う一般市民の目線と気持ちで観ていたのに、B-2との対戦のところだけはクシャナ殿下ばりに、
「薙ぎ払え!」
と助けに来てくれているB-2を叩き墜とすゴジラを応援していました。
 あそこホントに気持ちよかった。
 日本人のDNA(の修飾部分?でしたっけ、最近話題の)には「空襲」に対する抜きがたい否定的感情が埋め込まれてますわ。

『インデペンデンス・デイ』は旧版しか観てませんが、あれと比較すると日米のいろんな場面でのメンタルの差が描かれていて、興味深いと思います。
 総理役の大杉漣さんは、NHKの福島第一原発事故再現ドラマシリーズでの吉田所長役。あのシリーズ見てると、大杉さんが防災服着て出てきただけで様々な感覚が去来して「うわぁ」と顔をしかめます。意図したキャスティングでしょうけど、生々しいことをやってきますなあ。

 そういう背景を抜きにして単にゴジラ・シリーズの1本として、あるいはエンターテイメント映画の1本として観るなら、
「まあまあ、観て損はないですね」
ぐらいの評価に落ち着くかもしれません。でもせっかくお金と時間と手間を掛けて映画観に行くんですから、しゃぶり尽くす方がより楽しいのではないでしょうか。待てば1年もすれば必ずTVでタダで見れるコンテンツをわざわざそんなコスト掛けて楽しむのはひとえに同時性、その場その空気を共有すること自体が「たのしい体験」になるから、で、だったら、いろいろ要らんこと考えた方がいいかなあ。
 もうちょっと簡単に言うと、この作品がこんなにズッシリくるのは今映画館で観るからやで。20年後に手元の板で観てもこの重さはあんまり伝わらん。
 ここんところが評価分かれる原因だと思います。

 Twitterで流れてきた画像で「初代のゴジラ(50m)が今の東京に来たら」というのがありまして、これが現代の高層ビル群に囲まれますと超ちっちゃくて、「なんとかなりそう」感がすごいんです。大阪で言っても通天閣が100mなんで、あれの半分と言うと「そのぐらいか」て感じですね。
 シン・ゴジラは2倍以上の118.5mありますが、それでも最終決戦地が東京駅近辺、あのへんでないと(たとえば新宿だと)たぶんビルに埋もれる。
 月並みな表現ですが、人間がいちばん恐ろしいですね。

 アニメ好きにはなにより、
「これでたぶんエヴァの続き作ってくれそう」
「しかもおもしろくなりそう」
というのがホッとしたところですかね。
 いやむしろプレッシャーになるかな? 『ナディア』『トップ』『エヴァ』と観てますが、正直これがいちばん要らん要素(サービスサービスゥ)が無くてすっきりまとまってると思います。
 もちろんキャリアと年齢を重ねて上手くなっていくこと(現在56歳、宮崎駿監督が『もののけ姫』を創ったのと同じ歳だそうです)は言祝ぐべきことなのですが、このままでは庵野さん『ゴジラ』が代表作になってまう。
 まあそれも運命かも、といえばそれも運命かもしれませんが。

 おもしろかったです。
posted by ながたさん at 16:52| コンテンツ