2016年11月20日

11/19


 あまり大気がぬるいと地震が怖いですね。(久しぶりに震度3)


●昨日のクラウドファンディングの話ですが
時系列が(僕の想像と)逆で、クラウドファンディングで3900万集まったから→出資が集まった、そうです。
https://matome.naver.jp/odai/2144687228197928001

●片淵さんみたいな実績ある人が、『この世界の片隅に』みたいな傑作認定済みを映画化する、いうて金が集まらんて一体どういうことか。
 意味が全くわからない。
 安冨先生がよく(バブルとその後処理のせいで)
「日本の銀行は審査能力が無い」
とおっしゃるのですが、これ融資で言えば預金が担保に入ってるような物件で、どんなボンクラ銀行マン(のような出資者)でもお金貸せると思うんやけど……

●「日本でベンチャーが育たない」
とかなんとかって、結局その、お金供給セクターの問題なんじゃないですかね。ベンチャーの種そのものはあって。

●なんかここにものすごい重大な課題というか、博多の駅前に空いた穴のようなものがあるような気がする。

●まあだからこそのクラウドファンディングで
グデグデ言うてんとお前が金を出せ、1000円でも1万円でも、ということですね。
 はい、すみません。
 以後気をつけます。

●井上実展
http://coexist-tokyo.com/inoue2/

「写真みたいな絵を描く」のは時折ビックリ人間ショー的な取り上げられ方をするので目にする機会が多いですが、それ系とは写真パッと見ただけでも全然違いますね。
(おもしろいのは、井上さんはこれを写真を見て描かれるそうなんですが)

 またぞろ近松師匠の虚実皮膜論を引っ張り出すのも億劫ですが、やはり「リアルにしよう」と思った瞬間たぶんダメ。そういう作為を超えて、しかしもちろん無作為でも何も顕れない。
 なんか作ってる系の人間には「あ、くそやられた」的なインパクトがあります。と同時に、「これを(自分のジャンルで)できるのか?」と自問自答して背筋が若干スースーする。
 ま別に無理ならせんでもええんですけど。

●つまるところ、
自然(事象)を、一回自分という自然(の一部)を通すことで変化させてまた自然(物質)に変換する作業、なんですけども。
 この時、「珈琲を淹れる」時みたいに、紙フィルターで雑味を濾したり、プレスでとにかく抽出できるもの全部出させたり、スチームで圧と温度をいっぺんに叩き込む、などなどいろんなやり方がある。
 やり方の方向性は人それぞれだと思うのですが、どのやり方にしてもおおざっぱに(多少できあがりの好みの違いはあるにせよ)こういうやり方がだいたいよい・こういうことすると失敗する、がある。
 かつ、それはどんなやり方であったとしても、あまり意図(作為)を持って、たとえば「甘みを引き出してやろう」みたいなのはつまり自分から話を難しくする行為で、だいたい失敗する。たとえ部分的には成功したと思えても、それを実現するために意外な犠牲を払ってて、全体的に見ると質が落ちたりする。

 というようなことかなあ、とちっちゃい絵(の画像)を観ながら思いました。

●なんでこの展示会に引っかかったかと言えば
『この世界の片隅に』も片淵監督のフェテッシュと言っていいぐらいリアルな描写がある映画で、特にミリタリー関係、爆撃・銃撃の破片の飛び散り方とか焼夷弾の落ち方とか、もちろん防空壕で耐える描写、観客のこちらが本当にバクバクします。

 丁寧にひとつひとつ書き写しても「絵」になることもあれば、
 アニメ的に線を整理しエンハンスを掛けても「現実」になることもある。

 ほんでどやねん、と言われれば「奥が深い」とか実のない返ししかないんですけど。

posted by ながたさん at 21:52| 雑記