2016年12月07日

12/6


 お昼はいつもの胡麻野菜パスタ。夕方から梅田におでかけして宮崎居酒屋。

鶏料理がうまい。前割り焼酎(数日前から水で割ってあるそうです)がうまい、というか呑みやすい。こんなものをあんまり呑んではいけない。
 酔っ払って電車の中で寝言を吐く。

 行き掛けに天王寺に寄って2日に上映を開始したばかりのアポロシネマのカウンターで『この世界の片隅に』のパンフを所望するも売り切れ。
「大人気で、ええもう」
と苦笑顔で応対される。
 善き哉。

 行き先はジュンク堂アバンザ。Amazonの「ほしいものリスト」に突っ込んである本、の現物をコツコツチェック。やっぱり現物見んとわからんね。しかしhontoのアプリはちょっと使いづらい。
 買った本はその中にはまったく無い、ノモンハンの本と司馬先生の本。

 奥さんが回遊するのをぼんやり待つ。
 最近のぼんやりタイムの思考中心テーマは「ふつうとはなにか」なのですが、現代はいろんなものを「ふつう」にすると、時間と労力はかなりローコストですみます(お金はそうもいかないかな)。浮いた多めのそれらをどこに使うか、で生活の充実度というか、が違うのかなあ、と。
 仕事に使っちゃうのは、たぶん一番もったいない。
 遊びか、世のため人のため、と考えがちですが、実はそうじゃないなにかがあるんじゃないかな、なにかすごく重要なのを忘れてるんじゃないかな、と思うのですが、言語化できない今日このごろ。
 日々を生活・仕事・遊びの3分割で考えて、どれを増やしたりどれを圧縮したり、てな話になりがちなんですけど、そうではなくて実は4つめがあるのでは?
 無いかな。
 ただの気のせいか。
 最近マインドフルネスとか瞑想とか言い出したじゃないですか、あれって上記3つに当てはまらないですよね。ちょっと古い言い方なら自己実現とか。もっと古い社会では、神様にお仕えする。
 あるいは、自分を「なにか自動実行マシーン」に鍛え上げる、なんてことは、今でも仕事や趣味で普通に行われていますが、それって「ふつう」って視点から考えると、「そこまでせんでええもの」ですよね。金や名誉が理由になった時代は遠に過ぎとるので。
 大谷が2.7億しかもらえない時代ですからねえ。
 2.7億て。
 鳥谷が4億円を来年からあと3年貰うんですよ。
 日本ハムっていう企業のイメージダウンになりゃしませんかね。トレードやFA引き止め無しはチーム方針とか嘯けますけど、年俸はねえ。
 それは余談。
 じゃあ、人間にそういうことをやらせようとする何か、が、あるとするなら、それって上記4つめの何かなのかな、それが顔を変えて現れてくるのかな、と思ったりしたんです。
 ぼんやり。

 最近だんだん「ぼんやり」が板につきすぎて、「ちゃんと」とか「きっちり」に自信がない。
 それも善き哉。

posted by ながたさん at 22:37| 雑記