2017年02月18日

本『ビジネスエリートの新論語』司馬遼太郎



映画『この世界の片隅に』をご覧になって、「これは原作を!」と慌ててマンガをお求めになった諸賢、すっかり「こうのワールド」に浸りきって「もっと」とばかりに以前の作品を買い求めますと、
「あれ?」
と思う。直前の『夕凪の街 桜の国』は別ですが、それ以前は市井の地味な女子のちいさな生活、のお話が延々と手を替え品を替え続いていく作品ばかり。つまりこうの史代は「こういうもの」を描く人だったわけです。それが『夕凪──』で突然化ける。

本名・福田定一で刊行した『名言随筆サラリーマン』が元になる本書、前半は、古今の名言をサラリーマン生活に引っ掛け、自嘲気味ではありつつも「諦めてはいけません」と諭すエッセイです。
今でも団塊世代ぐらいなら喜んで読みそうな、逆に言うと僕ぐらいからするとかなり退屈なスタイルで、
「て、天下の司馬遼太郎も若い頃はこんなものか……」
と残念な気分になる。
確かに、引っ張ってくる名言の幅の広さや例え話の多様さに、のちの司馬風をかすかに感じるのですが、有り体に言っておもろない。
『街道をゆく』43巻はもちろん全読破、好きな小説を一本挙げろと言われれば迷いつつも『坂の上の雲』を挙げかねない熱心な司馬ファンの私ですら(記念館だって行ったことあるよ!)
「もういいかな……」
と途中飛ばし読みモードに移行したほどです。

ところが。
第二部「二人の老サラリーマン」が始まって数行、声を上げる。
「……し、司馬遼太郎だー!!」
まごうことなき司馬遼太郎がすでにそこに居るのです。いやぜんぜん、最晩年のエッセイと言われても普通の人だと区別付かないぐらい、のちの「あの感じ」そのまんまです。

冒頭こうの先生の例を引きましたように、作家というものは「パチッとハマる最後のピース」のようなものがあり、それはテーマだったり文体だったりモティーフだったり、何かはわかりませんがそれを掴んだ瞬間、別人格が生まれいづるつまり、福田定一が司馬遼太郎になる。
作家の「羽化の瞬間」などなかなか見られないメタ娯楽です。初期作品集でだんだん上手くなっていくのを温かく見守る、とかそういうレヴェルではない。その意味では司馬ファンにはもちろん、「クリエイティブとはなにか」というようなテーマに興味のある方にも、おすすめです。

「自分の視点を持つ」人にとって、「いろんな視点からものを見る」必要のある新聞記者はたぶん辛い仕事で、しかしその仕事で内部のガソリンを十二分に圧縮したからこそ最後の火花ひとつで爆発した。
人生何が起きるかわかりませんな。

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posted by ながたさん at 16:22|