2017年09月09日

本「蚤と爆弾」吉村昭




 食卓で本書を読んでいますと妻に
「……嫌なタイトルやな!」
と目を剥かれました。
 タイトルどおり嫌な本です。
 細菌兵器に人体実験、そしておなじみ「悪の凡庸さ」。

 ペスト菌をバラ撒くにはどうすればいいのか、って東大京大出のスーパーエリート医学者が知恵を絞る。
 そうだネズミに感染させて野に放て。
 いやうまく定着してくれない。
 だったら蚤はどうだ。
 これはいけそうだ。
 だが蚤なんかどうやって運ぶ?
 地面で割れる陶器の容れ物に入れて空中から……
 その奮闘模様は妙にコミカルで、『WBS』や『ルソンの壺』で紹介されてもおかしくない感じ。細菌兵器の開発でさえ無ければ。

 吉村先生はいつもこの、近代の病とでもいうべき
「仕事が細分化されたがゆえに、一人ひとりが何をやってるかわからなくなって、総合するとえげつないことをやっている」
を徹底的に描きます。傍目から見れば狂気、しかし当人たちはただ真面目。
 なぜこの没入が起きるのか。一人の人間として感情や感覚が吹き飛び、ただ業務マシーンとして壊れるまで動くのか。それは逃れうるものなのか。それとも人間はそういう生き物だから、システムであらかじめそこへ陥らないように制御しておくべきなのか。
 21世紀になってだいぶ経ちますが、まだ答えはぜんぜん出ていません。
 とりあえず我々にできることといったら、こういうケースをたくさん見て知って、なんとなくおかしなことが起きていたら「これはあれちゃうか」と違和感を感じられるようになっておくこと、ですかねえ。

 でもこれは恐らく人間にとって一番指摘されたくないポイントなので──なぜなら自分の生き方は自分で決められる、と思い込むことがこの不安な人生を生きるための大きな武器であるとこれまた思い込んでいるから──誰も見たくない。石井四郎を極悪人に仕立て上げて目を逸らす。
 そうではなくて彼は普通の人で、彼が居なくても誰かが彼の代わりをした。

 今夏NHKで『731部隊の真実 〜エリート医学者と人体実験〜』
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170813
という作品がありました。副題のように医学者にフォーカスを当てておりご想像よりも見やすいものだと思いますので、未見の方はオンデマンドでぜひ。
posted by ながたさん at 23:00|