2017年10月10日

本「もうレシピ本はいらない」稲垣えみ子




 まずツッコミどころからいきますか、とりあえず
「まあ、お一人やったらねえ……」
 ウチの奥さんも結婚前はひとり暮らしあるいは実家で料理してたんですけど、「僕の分まで作らないと」と思ったらこれがしんどい。
 またウチの母も僕の分作らなくて良くなったので腕の振るい甲斐が無くなって寂しいのかなと思いきや「何も考えなくて良くなったので楽」とこうおっしゃる。
 僕自身もちょっと疲れてたりする時には、自分ひとりなら袋麺を茹でて啜って終わり、のところ、待ってる人が居ると思うとせめておかず一品でも、と思ってしまいます。(もちろんホンマにしんどい時は「なんか食っといてー」と言って寝ますが)

 つまりその、ひとりだったらなんとでもなる。
 レシピなどで困ってる人っていうのはだいたいひとりではないんだ。

 2点め、読み進めていくと自家製のぬか漬けが出てくる。
 ぬか漬け!
 いやその恐怖心先入観固定観念こそ取り払うべきものなのだ、と作者は力説されてますが、子供の頃からぬか床がどうにかなって
「あーもう!」
と嘆く母の姿を見続けてきますと、とてもとても半端な気持ちで取り組むべきコンテンツだとは思えない。
 ぬか漬けが象徴的なんですが、ぽろりぽろりと「いやそれはめんどい」ということがサラッと書いてある。
 朝早く起きて3日分のお米を炊く
 それがもう無理。
 それをおひつに
 おひつ!
 あの油断するとすぐカビて洗いにくく干す場所もなく置き場所にも困るあの食卓の総大将を、わざわざお使いになる!
 このへんで
「あこの人本質的に料理好きなんだな」
と悟ります。
 つまりレシピ本ではありませんが料理本なので(あたりまえか)、「食い物のことに困っている人」への福音書ではなく、普通に料理好きの人に対して「ミニマル食卓」を提案する書。その意味では以前ご紹介した土井善晴先生の『一汁一菜でよいという提案』の類書です。
http://rakken.sblo.jp/article/177913078.html



 あと佐々木俊尚さんの「家めしこそ、最高のごちそうである。」
http://rakken.sblo.jp/article/98136686.html



 稲垣さんは以前は、家族や同僚がお祝いといえば調理器具を贈ってくれるような料理好きで知られた方で、文字通りレシピ本に埋もれて暮らしていたそうな。その日々は決して無駄ではなくて、その時反復練習した整った味のレシピたちが、その場アドリブで味加減する時の暗黙知データベースになってると思います。
 そんなもん「ぬか漬けを炒め物にちょっと入れると味に深みが」とか言われたってわれわれビギナーズは「あー怖い怖い怖い怖い怖い」ですよ。(まあそれが怖いとわかるのも経験のおかげですが)

 逆にいうと、ここに描かれている食生活が本当に豊かだ、という事実は、なによりも本人が楽しそう、というエビデンスによって保証されています。その点嘘偽りはない。
 クックパッドの人気メニューを無造作に並べた雑誌をめくるよりは「おいしいもの作ろう」スピリッツは湧いてくる。

 余談ですが最近、クックパッド・システムって集合知(らしきもの)の弱点をさらけ出してて、「おいしいレシピ」じゃなくて「会員が反応しそうなレシピ」が上位に来るんですよ。
 具体的にいうと砂糖使いすぎ。
 みんな甘いの好きやなあ……
 さすがに2年近くやってると多少勘も芽生えるもので、「いやこの内容で味醂も砂糖もは多い」と思って減らしてちょうど、みたいな。
 選挙とかPOS商品管理とかなんでもそうなんですけど、ここの乖離が現代のいろんな不幸のもとではないかと思い、また逆に考えれば、AIとか短期的にはたぶんそれしかできない(「会員が反応しそうな」を探す)ので、「おいしい」を作れる人の希少価値は変わらない気がする。

 繰り返しになりますが、「一粒食べれば一日元気な「仙豆」みたいなものがあればなあ」と妄想するような方にはオススメできませぬ。
 逆に「おひつご飯」「ぬか漬け」「干し野菜」「アレンジ味噌汁」「ストウブ」「ダッチオーブン」などといった単語にピクッとなる料理好き向けの書でございます。
 おもしろかったです。

 やはりそろそろストウブかル・クルーゼかバーミキュラの鍋をひとつですね……またそこから行く。
posted by ながたさん at 16:17|