2017年10月20日

Alpha Go Zero


 囲碁AI「AlphaGo」の最新ヴァージョンその名も「Zero」が旧ヴァージョンをバッタバッタと薙ぎ払い最強の地位を手に入れたという記事
http://gigazine.net/news/20171020-alphago-zero/
はお読みになった方も多かろうと思いますが、やっぱりこれで一番ビックリするのが、
「自己対戦による強化学習のみで強くなった、人間の対局(ビッグ)データは使ってない」
という点ですよね。
(Googleの論文を訳してくださってます↓)
http://blog.livedoor.jp/yuno_miyako/archives/1068350228.html

 つまり人間が囲碁というゲームに取り組んで開拓してきた世界は、実は傍流、すくなくとも今回Alpha Go Zeroが切り開いた世界よりも、より端っこに位置する。
 ということは、これを文化とか芸術にも当てはめると、「うわ、スゲーええわ」と直感する画期的な絵とか音楽とか小説とか、ボーンとある日突然やってくる、かもしれない。

 いったいどこまで行くんでしょうね。
 しかもこれシステムがよりシンプルになってて、食うCPUパワーも劇的に減ってる。元データが要らんというのも金・手間的に非常に大きい。
 人類最強のカ”ビッグマウス”ケツ氏を倒したのが今年春ですよ。技術の進歩が早すぎる。

 ウチも奥さんが翻訳業なので、その業界ではみんなで戦々恐々だそうです。
 繰り言ですが、今回の「AIショック」がインパクトでかいのは、今までの機械化・コンピュータ化の波と違い、頭脳労働とか経験労働とか、そのうち文化・芸術も食われそうなので、そのあとどうすりゃいいんだ、という点が見えにくいのが不安になるところです。
 薬剤師とか税理士とか、なるのはちょっと大変だけどなってしまえば一生食いっぱぐれはない、というジョブがあったわけですが、もうそういうものが成立しない可能性がある。弁護士や医師も必要総仕事量を減らしそう。たとえば相場感のある訴訟(離婚とか雇用関係とか)とかAI(同士)がやった方が納得もありますしね。
 と同時にもちろんタクシー運転手とかバス運転手とかトラックドライバーみたいな、経験がモノを言ったものも。ま、このへんは少子化進んで人手不足なので、むしろウェルカムかもしれませんが。

 つまりその、
「コツコツ貯めた知識・経験がある日無駄になる」
という事態に人類はどう対応していくのか、という問題です。
 最近言わなくなりましたけどアイデンティティ・クライシスが誰にでも起こりうるし、そしてそれは突然来る。

 ”人間の考える”「人間らしいこと」とか「人間にしかできないこと」なんてとても浅はかなもんですから、それもAIに考えて貰った方がいいかもしれませんね。「Alexa、君の苦手なことを教えて?」

 横道に逸れますが、わたし「AIの反乱」みたいな絵面はいつもピンとこなくて、『ターミネーター』も『MATRIX』もエンタメとしては大変愉しんだんですけど世界観は懐疑的です。理由は簡単で、
「ネコが人間を飼っている」
という話ありますよね、あれです。
 ネコ飼うとホントにそう思いますよ、エサとトイレだけでも重労働で、遊び相手をしたり添い寝をしたりですね、なんでこんなかしずかなあかんねん、と。
 可愛いからですね。
 同様にAIも(とりあえず人間の)役に立つ以上、撫で擦るように大事に大事にするわけですから、支配なんて面倒なことするよりそのままの方がええんではないか、と合理的に考える知性に到達するのは、知性を持ち出して3秒後ぐらいじゃないですか、この調子だと。
『攻殻機動隊』で(AIの)タチコマ達がそんなような議論をするシーンがありましたけど、もしそういうことが行われるとするなら、それは一瞬で(人間の)誰も気づきもしないうちに起きる、のではないか。

 さてこうなるとベーシック・インカムも真面目に考えないと。
 つまり「職業」という概念自体が成立しづらくなって、労働対価を難易度や人材の希少さで量ることができづらくなります。
「あーその資格は1年前までは価値があったんだけど、今もうAIが全部やってくれるので……」
 上で挙げた例はもちろん、いま非常に高度で(儲かる)資格としてアクチュアリーというジョブがありまして、たいへん高度な数学を用いて保険の料率とか考える人なんですが、こんなもんの方がAI向きですよね。
 しかも今まででしたら「いや!そのAIに基本を教えるために高度な人間が!」とか縋り付く妄想蜘蛛の糸があったわけですが、今回のZeroはそれも無慈悲にプチンと切る。
「人間が考えたことより自分で学習した方がいい」
つってね。
 こうなってくると、「なんらかの組織に属して拘束時間が発生したら、一律これだけ賃金が発生する」とむりくり「労働」の概念を守るために、ほとんどフィクションにしちゃうか、それかもう、BIで平等に配る、ほかないように思います。

 賃労働でなくて資本運用は?
 あんなもんこそAIですよね、いま機関投資家の間ではそりゃもうAI達が唸りを上げて活躍してると思いますよ。
 こないだ友人がセミナーに呼んでくれたんで、若者の発表を観さしてもらってたんですけど、過去振り返って式当てはめるタイプだと相当精度いいものがすでにある。それも僕聞いたんですよ、
「これって……儲かるってことですか?」
「あ、これは大昔から知られているごく基本的なもので、そういう組織でしたら当然知ってることです」
「はー」
 今も書店行きますと「株で/FXで/なんとかで儲かる!」て本ございますでしょう?
 無理ッスよ。
 相手Alpha Go Zero使ってんですよ。あなた囲碁何段です? イ・セドルさんに5回やって1回勝てます? 向こうそのイ九段に4-1で勝ったAIに100-0で勝つんッスよ。
 無理。
 そういう連中がカモ引きずり込むために「イケるイケる」言うてるだけですわ。基本ゼロサム・ゲームですからね。

 極論を言えばお金なんて世界中でありあまってるんだから、みんなにうまいこと分配すれば(生きていける分だけでも)みんなハッピーなのに、なんでそれが実現しないんでしょうね。
「無いんじゃない、有るものをちゃんと活用できていないのが問題だ」
と喝破したバックミンスター・フラー先生は偉大だ。
 偉大な人ほど忘れられる。

 基本的にはそれでも、AIが進歩すればするほど日々の生活がよくなると思います。ナノ素材とかバッテリのいろいろとか、ああいう当てもん系はこれから物凄い勢いで改良されてくんではなかろうか。
 10倍ぐらい能力あるバッテリ(に直結する物質)がめっかっただけで劇的に変わりますよ、エネルギーのコストがアホみたいに下がるから地政学的にも大騒動が起きると思う。

 最近思うのですが、
「なにが来てもどーんと構えて居られる」
には、なにか準備をいろいろしておくのではなく、
「なにが来てもどーんと構えて居る」
と決意──というほど大層なことではなく──決めておく、ぐらいの感じで、そうしようと思う、のがいいのではないかと。
 なに来るかわかりませんからね。
posted by 犀角 at 00:00| 雑記