2018年01月01日

あけましておめでとうございます。


 新年早々我らがセレッソ大阪がヤンマー時代以来久しぶりに(つまりセレッソになってからは初の)天皇杯を獲るという歓びに見舞われ、こりゃ春から縁起がええわ、ことしはエエことありそうやで!とニタニタしています。
 昨年J2からプレーオフをしのぎきってなんとか這い上がったチームが、いままで1つとしてタイトル獲ったこと無かったチームが、ルヴァンに続いてカップ2冠ですよ。
 わかんないもんですねえ。
 ことしのMVPはもちろんユーン・ジョンファーン。監督。
 サッカーは監督の力量が発揮されやすいスポーツですが、こんなに露骨に目の当たりにする機会もそうそう無いのではないかと思います。非常に、同じ方向を向いてて一体感のある集団でした。
 今年はACLも出れるし、健勇がいなくなってもいいようにいろいろFWを獲るようですし、もちろん水沼には完全移籍オファー出してますし、ライヴァル・ガ大阪の監督に僕らのクルピ爺ちゃんが赴任するし、いろいろ楽しみです。
 いい時も悪い時もぜんぶ楽しいもんです。

 去年お笑い番組など観てますと、トレンドとしてはどんどんローコンテキスト、つまり文脈に依存せず、誰が観ててもわかるネタになってってる気がします。
 あるあるネタよりさらに一歩ローレベルなぐらいまで。
 あるいはいろんなジャンルが、ローとハイにぱかーんと分かれてしまっているのかもしれません。
 トランプ大統領を筆頭とするいわゆるポピュリストと呼ばれるような政治家は、だいたいローコンテキストで語りますよね。
「あいつらを追い出せ」
とか。それに対して
「見たまま言えばええってもんじゃなくてそこがそうなってるには歴史的経緯があって」
と「コンテキストを理解せよ」というツッコミはほとんど無力。コンテキストの中身に不服というよりも、もう考えることそのものがしんどい。だからロー(なるいはノー)に飛びつく。
 となると対抗する側ももっとローコンテキストでええんちゃうかと思います。カナダのトルドー首相、男前でしょう? 閣僚を男女同数にした理由聞かれて、
「……2015年だから?」
 あんな感じで。

 年末、また恩師を囲む会がありまして中高の同窓生とワイワイ騒いだのですが、中学生ってコンテキストを持ってないただの若い人間ではないですか。あれに戻れるんですよね。
 そうすると普段自分の文脈を勝手にでっち上げてその中で狭く生きてることが否応なく思い知らされて、いかんいかんと。
 わたし、本人には全然自覚が無いのですが、人が言うにはオタク体質だそうで、放っておくとそうやってハイコンテキストな方へずるずる行くようです。これがトレンドに合ってない。ちょっと2018年は
「どなたにでもわかる話を」
という方向で行きたいなあ、と思ったり思わなかったり。

 わたしセンスも無ければ努力が人一倍嫌いなのですが、なぜ今日まで生きてこれたかといえばおそらく、こってりハイコンテキストなものをちょっとわかりやすくローコンテキスト化、それは翻訳というよりは作り替え、リフォーム、ブツをいったんばらして抽象化し、それを目的やクライアントに合わせてガチャガチャ組み直したのち、もう一度具現化する、このめんどくさいうえに下手をすると「なにをしとるんだこの人は」と言われそうな作業、(お家のリフォームでもヘタするとそうなりますね)これが微妙に好きで、なにかしらに対してそれを行うと、対価が降ってきた、ような気がします。
 そのへんを攻めていきたい。
 この文章自体がよくわからんな。
 うーん。
 がんばります。

 みなさまの一年の健康を祈りつつ、
 今年もよろしくお願いします。
posted by ながた at 00:38| 雑記