2018年08月10日
本「陰謀の日本中世史」呉座勇一
ごぞんじ『応仁の乱』の呉座先生の新作だ、ってんで。
http://rakken.sblo.jp/article/181409857.html
後白河法皇、後醍醐天皇、足利尊氏、日野富子、明智光秀、徳川家康……と、
「策を弄した結果、うまく事態が動いて利を得た」
ように後世から見える人、が陰謀論の主役になりがち(主役に仕立てられがち)です。
でも、当時の視点に立って文献をよく当たれば、決してそうでもない。むしろ急変する事態にドタバタする姿が描かれていたりして、一枚どこかの歯車が違う動きをしていたら、この人達も被害者になっていたかもしれない。
事実を信頼の置ける資料に当たるのみならず、陰謀論そのものがどのへんから出てきてどういう根拠なのか、まで当たって詳しく著述。
著者も言うのですが、出所不明のテキトーな逸話に基づく陰謀論に対して反証する仕事は、
「プロからすれば何の益もない」
ことですが、でもプロがやらないと荒唐無稽な陰謀論ほどいつまでも残る。
荒唐無稽な方がおもしろいですからねぇ。
人は陰謀論が好きで、なぜ好きかと言えば本書にもありますが「筋道が通る」からでしょう。人間の心理は「認知が容易なものに飛びつくバイアス」が掛かっているので、
「多数のプレイヤーがそれぞれの思惑に基づいて行動した結果、複雑系になって当人たちに思いもよらない結果が出た」
という現象を理解しづらく、逆に
「スーパースターが全部計画した上でその通りになった」
という現象の方が、実現可能性は低かろうと頭では理解していても、思わず信じてしまう。
また創作物なんかで、そういう世界観を補強するドラマがたくさん量産され続けていますからね。
あるいはスポーツ界。大谷翔平のまっすぐなサクセスストーリーを見て「すげぇなあ」と感心するわけですが、その背後にオオタニサンになれなかった死屍累々が何百万とあるわけです。
そうしたら、そうなる、わけではない。
だいたい運命とはただの偶然で、あとからシナリオを編んでお話にしてるだけですが、そうはいってもシナリオを組めるぐらい一貫した行動をしていないと、その道を左右するような偶然も起きない。
だから偶然を起こした人をスターにして、結果的に辿った道をストーリーにする方が、しっくりは来ます。
逆に言うと、そういう「しっくり来すぎる話」を聞いたら半笑いで「そうですかぁ」と受け流すぐらいでちょうどいいのかもしれません。
でもたまに、陰謀論じゃなくて普通に陰謀が巡らされていることもあることはあるので──たとえば日本史なら赤穂浪士討ち入り──陰謀論っぽく見えるからといって即却下すると、本当に陰謀で足元をすくわれる。
難儀ですなー。
ま、われわれ庶民の生活に陰謀論が直接絡むことはあんまり無いと思うので、とりあえず日本史読み物として読むならバッツグンに面白いです。『応仁の乱』よりもちょっぴりだけ柔らかめで読みやすさもアップ。呉座先生はこれからも注目。
まったく余談ですが、先日大型書店でこの本を中心に様々な日本史陰謀論本が並べられている、というフェアが開催されており、書店員さんの茶目っ気を感じました。
その卓でどの本が一番売れたのか、気になりますね。
もちろん『応仁の乱』もオススメです、特に歴史好きな若人にはぜひ。研究者と呼ばれる人種の恐ろしさを見て、憧れるなり、諦めるなり。
posted by 犀角 at 00:00| 本