2019年07月12日

出産


 お産の方も若干記録しておきたいと思います。


 予定日が近づくにつれてドキドキしてくるもので、特に臨月(37週以降)は「いまかいまか」と気もそぞろですが、これすべて自然の神秘・人為の届かぬ理、予定日過ぎても音沙汰なし。
 一説には予定日通りの出産は6%程度しかないそうです。

 とはいえ4日ほど過ぎたあたりで朝起きますと妻が真剣な顔で、
「おなかが、いたい」
「それはもしや」
 陣痛、正確には前駆陣痛という本陣痛の前に来るものです。
「間隔は?」
「まだ20分ぐらい空く」
「よし」
 なにが「よし」かわかりませんが、つまりペアレンツ教室などで「10分間隔以下になったら電話してちょーだい」と言われてましたので、まだ慌てる時間じゃない、と。
 お昼を食べ、午後はベッドに横たわり、時折来る痛み以外は特に問題ないので僕は買い物に行ったり部屋を片付けていたり。
 しかしなかなか間隔は縮まらず、結局夕ご飯も普通に食べて食後ものんびりして、まあこちらからはどうにもできんし寝るか、ということで僕は寝室に引っ込んで……
 まあ寝れません。
 それでもウトウトしかけたAM2時頃、LINE通話が飛んできて、
「短くなってきた。(病院に)電話かけたら来いって」
「了解!」

 キマシタで。
 子供の頃からドライバーなら一度は憧れる、
「妻が産気づいているんです!」
と周りのクルマと交通規則を蹴散らしてアクセル全開のあのシチュエーション。
 途中止められたパトカーのおまわりさんを罵倒したりね。
 ……あれ正確じゃないですね、特に初産だとだいたい陣痛の間隔はこれこのように長〜いところから始まるので、頃合いを見計らいつつ病院にゆっくり行くことはだいたい可能です。
 ただし経産婦の場合は陣痛開始からの進行がめっちゃ早いこともあるので(友人の奥さんは45分ぐらいでご出産)急いだ方がいいですが、その場合救急車呼んだ方がいいし、なによりあのイベント差し込む時のインパクトはそりゃ初産の方が強いから経産婦ってわけにも……
 などとシナリオ屋っぽいしょうもないことを考えつつ、深夜ガラ空きの大阪市内を病院までゆっくり走りました。ここ事故るわけにはいかん。人生で一番慎重に運転した。

 病院ではモニター室というところに連れて行かれ、お腹にバンド巻いて赤ちゃんの心拍モニター。小1時間ほど観て、
「これは緊急性は無いな」
と判断されて僕は帰宅、妻はそのまま個室へイン。
 面会は昼13時から。
 えー、その間に話が進んだら一体……
 大丈夫その場合はLDR室(簡単に言うと産む部屋です)に入った時点で連絡が来る。

 早朝の大阪市内を飛んで帰って(行きより早い)「すわ」と心配顔の母に説明して、寝ようとしたんですが、妻がそして赤ちゃんが心配で、6時間ぐらいしか眠れませんでした。
 やっぱり13時ちょうどに病室に顔出したいじゃないですか。
 で起きて、おかあはんがゆがいてくれた素麺を食べ、ツヤツヤの顔で重役のように病院に行きますと、ゲッソリやつれた妻。

「……いだい……」
「痛かろう。間隔は?」
「まだ7〜8分。ときに延びる」
「まだまだやな……」

 3〜4分間隔ぐらいが本番、あと「延びない」というのも大事。
 いまスマホアプリでログ管理できる(する)んです。
 さあここで始まるのが陣痛時に夫ができるほとんど唯一のサポート、
「おしり押し」
でございます。世の陣痛に付き合ったお父さん方は「あぁ」と思い出し微苦笑をなされると思いますが、つまり肛門付近を拳、グーで押す。
「ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたろか」
のあの感じで。
 陣痛って、なんでもない時はなんでもないので、しょうもない世間話をしてるのですが、それが7〜8分続いたあたりで突然妻が、

「……あーくるくるくるくるくる」

と叫ぶので、椅子から飛び上がってベッドを回り込み、肛門前に片膝着いてスタンバイ、右腕・右拳をまるでコミンテルンでシュプレヒコールに突き上げる労働者の拳のように固めてセット、

「キター!」

の合図で全力で押す。
 僕四十肩なんです。
 これがマジで辛い。
 ウチの奥さんの場合は左下に横向きになるのが一番楽だったようで、そうするとお尻は背中側から押すので右腕を使うしかなく、まあ痛い。
 これでも発症当初よりはずいぶんマシになってるんですが、ほとんど唯一痛みの残ってる動きが「肘を支点に外側に展開するような動き」で、よりによってこの動き。
 いや、理屈ではね、こう、腕をまっすぐ前に突き出して、肩を固定して、上半身全体を使って押し込む、とかいろいろ言えますよ。でもわたし別に普段から武道やってるわけでもなんでもないので、そんな達人みたいな工夫された動きなんかできません。
 心優しき妻は普段なれば
「痛いなら無理しないで」
などと声をかけてくれるところでしょうが、ここは彼女もテンパっておりますので、すこしでも力抜けますと
「ぅぉおしてぇえー!」
と督促されまして、まったくサボれません。
 介助用ロボットの技術が進んだら、ソフトウェアの追加で「陣痛時のおしり押し」もできるようにぜひお願いしたい。

 まあ、とはいっても事ここに至って旦那のできることなんてホントにこれぐらいで、奥さんのたいへんさに比べたら、まあこのぐらいのことはやらなあかん。

 午後まるまる使って風呂入ったりしても話は進まず、午後9時の面会終了が近づいてまいります。

「おしりを押す人が居なくなるなんて!」

と妻は真っ青な顔をするのですが、それはもうどうしようもない。我々の行きました病院は、付添人の泊まれる特別室は産前には使えないのです。
 後ろ髪ひかれながらコンビニで買ったおにぎりを置いて帰りました。
 ここは最近風のセレブ産院では無いのですが、大阪の方なら親類友人知人にそこ生まれの方が誰かしら居るような老舗で、食事は力入ってるんです。でも到底この状態、「座って箸で食う」のはハードル高くて、夕食はほとんど僕がいただきました。美味かったッス。

 帰宅、母に状況を説明して、さあ寝るか……
 と今日はさすがに眠れない。心配だし、言うても今夜はいつ呼び出しが来るか。
 などと言ってるうちに夜は更け、あ、今晩はなにもないのかな、と思い始めた午前4時ごろ、LINE通話が鳴る。

「すぐ来てぇえええええ!(ブツッ」

 何事かと思いますね。
 まあ出産なんですが。
 一瞬ドキッとしたのですが、本人が絶叫してる&すぐ来いってことはなにか悪い事が起きたわけではあるまい、と心の平穏を深呼吸で取り戻し、またも深夜の街を走る先代デミオ「Baby in Car」ステッカー付き。
 で、到着すると主役は件のLDR室に入っております。
 陣痛間隔は数分おき、状況の説明も粗々のまま、おしり押し再開。

「こう?」
「もっとー!」
「これではーっ!?」
「もっとおおおおおお!!」

『ごっつええ感じ』の名作コント『兄貴』シリーズの松本・今田の絡みを思い出しますね。
 痛みも増しているので、もっと力を入れろと要求するのですが、マウスより重いもの握ったことのない細腕のワタクシには要求に応えきることができず。
 ああロボットとは言わぬ、なんかこうひのきの太い棒の先を手頃に丸めた
「尻押し君1号」
とか下の売店に売ってへんかな。朝5時やからまだやってへんか。いや世界に売るんだから名前は……
「Siri・Ass」
でどうだろう?
 ヘイ!シリ!

 そんなことでも考えてないと眠いわ肩痛いわ。
 ほんでまたウチの奥さんがこの段階、「いきみ逃し」が超苦手。
 陣痛間隔がぐんぐん狭まってきて痛みが増してきても、ここではまだいきんではいけないのです。なぜなら子宮口が拡がってないから。その状態で無理に力を入れますとそこが鬱血したりしてますます話がややこしくなる。
 ので、いきみたくなる全身の緊張を、細く長い息で、
「ふぅうううううううううう……」
という感じに逃がす。
 のですが、これがからっきしダメで毎回、
「ぎぃやぁああああああああああ!!」
と絶叫。そのたびに毎回助産師さんに(つまり3分ごとに)
「はい叫ばないですよ〜。赤ちゃんも疲れちゃいますからね〜。細く長く息を吐きましょう……はい上手です上手です、どんどん上手になっていってますよ〜」
 大嘘。
 最初から最後までむしろ悪化。
 助産師さんえらいなあ、と思いました。
 何人もの方が入れ替わり立ち替わりで診てくれるのですが、誰もその妊婦のテンション下げるようなこと言わないんですよね。素晴らしいです。さすが名門。

 そうこうしてますうちに時刻は7時を回り、リーダー助産師みたいな方がご登場、まさにアニメなんかで「助産師」のキャラクターを起こすとこうなる、という感じの全身信頼性の塊みたいな鋼鉄の乙女です。
 覗き込んで開き具合をチェックして、
「よし! やりますか!」
 ここからがカッコイイ。
 僕は一旦カーテンの向こうに待避させられるのですが、LDR室のいろんな扉がガチャガチャ開いて、そこから器具・機材が飛び出し、分娩台も今までのベッド型から例の脚を拡げた分娩型にモードチェンジ、他の助産師さんたちもワラワラと駆けつけ、白衣の女医さんもスタンバる。その間もリーダーは経験の浅そうな助産師さんの手順について指導。厳しく、ディテール細かく、しかし怒らず叱らず具体的に。準備万端整いましたら、

「さあどうぞ力を入れてくださーい」
「……もういきんでもいいんですか……?」
「はい、どうぞ!」
「……う、う〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」

 のちに妻いわく、
「あ、これは得意」
と思ったそうで、話が超スムーズに進み、ものの数分で
「ご主人さん、どうぞ!」
とカーテンの中に入れてもらうともう髪も黒々した頭が半分出てる。
『うわー……』
と心の中で驚嘆するばかり。
 すごいですねほんとに。
 ワイルドライフです。
 感動といえば感動なんですが、感情の波が押し寄せるというより、神秘を目の前にして呆然と立ち尽くす、という感じ。

「さあもうゆーっくりでいいですよ、あまり早いと裂けちゃうので、ゆーっくり力を入れて……」
「う〜〜〜〜〜〜ん……」

 妻の顔もさっきまでの憔悴しきったものと打って変わって目の焦点が合っており、痛みや辛さはすでに無く
「やってやんぞ」
という強い意志を感じさせるものでした。

 お産はほんとうに人によって様々で、よく流通しているイメージではいちばん大変そうに思えるこの場面、ここがうちの妻にとっては楽勝だった模様で、当日のちほどすでに
「も一人いけるで」
と力強い言葉を吐いてました。
 もちろん、この日のために体操・ストレッチ・ヨガ・骨盤ベルトなどをコツコツ準備してきた彼女の努力も大きいのですが。
 彼女は会陰切開──といっても未婚男子にはなんのことやらだと思いますが、お産で赤ちゃんの出が悪いと会陰つまり割れ目をハサミでジョキン!と切って拡げるんです。切らないと裂けちゃって、その方があとで処置がたいへんなので。
 聞いただけで恐ろしいですね。
 男子で想像してご覧なさいよそんなこと。あの小さな開口部をハサミで大きく……
 うわー!
 でも経験者口を揃えて言うのは「痛みはお産そのものに比べりゃ蚊が刺したようなもの」だそうで、とにかくその場ではそんなに痛くない……のですが、やっぱり大事なところ切るのは切るので、くっつくまで結構QoLが下がっちゃうわけですね。しかもそれが産後の、赤ちゃんに振り回される時期にお股まで辛い。
 妻はこれが嫌で、結構一生懸命にそのあたりの柔軟性が確保されるトレーニングを積んできたのです。
 結果ちょっと縫っただけで済み、お医者さんからも
「きれいにお産みになりました!」
と太鼓判。身体的トレーニングは、やればやっただけ応えがあるもんですな。
 記録7時間54分、初産にしてサブ8のド安産でした。
「痛くなってからなら29時間だよ!」
とブツブツ申しておりますが。

 でここから主役は赤ちゃん。
 赤ちゃんは回転しながら出てくるんですよね。
 体をひねって肩を片方ずつ出しながら出てくるのです。
 すごい。
 助産師さんとお医者さんはそれをサポートするだけ。
 全部出たら、絡まるへその緒を捌いて切って、
「ほぎゃー!」

『出たわ……』
 おなか触って胎動を毎日のように感じてましたし、検診へ行けばいまは高性能なエコーで3D動画まで見せてもらえるので、「そこに居る」というのはわかっていたのですが、本当に出てくると、
「本当に居たんだ」
と、なんとも締まらない感想。
 まあこれも感動の一つだとは思うのですが。
 わたし変なところで変に冷静で、それを表に出して子供の頃からよく怒られてきたので、こういうドラマティックな場面ではあまり何もしゃべらない方がいい、という知見を身につけてきたのですが、その時思った第一印象も、
『誰にも似てないなぁ』
というもので(もうずいぶん経った今でもそうです。僕と妻だけじゃなくその上の代4人とも)これは言わなくて良かった。
 でもそれを我慢できて気が緩んだのか、
「……うわっ、金玉でかっ」
と思わず見たまま言ってしまい。
 あとで考えるとそこは女の園、男子はわたくししかおらず、セクハラ発言でした。
 申し訳ない。
 総スルーしていただきましたけども。
(ホルモンの関係などで、男子も女子も性器が大きく見えることがままあるそうです。どんどんイメージサイズまで縮んでいきます)

 手際よく各種整えられた赤ん坊はママの胸へ。僕も隣でポーズを取って記念撮影。
 退院の前にその写真いただいたんですけど、2人ともヘロヘロで、感動とか喜びとかという言葉とはずいぶん遠いのですが、しかしまあそれが真実です。
 無事生まれてくれたので、エエカッコなど要りません。

 そうそう、皆さん人間の胎盤って生でご覧になったことあります?
 あれ凄いですよ、グレーと赤黒い得体の知れないごっつい物体、まさに「基盤」って感じの1kgステーキぐらいのボリュームの分厚いのが、ドーン!と出るんです。
 びっくりしました。もっと薄っぺらい膜みたいなのがぬるっと出てくる程度かな、と。
 あの赤ちゃん維持するのに、あんなゴツい生命維持装置が要るんだ、と。
 しかもこれ複数回、たんびたんびに新造するんでしょう?
 母体は偉大。
 哺乳類はイノベーション。

 のち妻も順調に回復し、子も問題なくこの世界の日々を進み出し、5日後には予定通り退院して、いまは家にいます。先日書いたとおり、世界の中心に赤ちゃんの居る生活です。
 いいですね。
 妻が赤ちゃんの世話を焼きたいからと結構睡眠時間が短くて、
「いや待ってくれ生まれるまでは君が苦労したんだから、ここから先は僕の方が負荷高いぐらいで」
と言うのですが、なかなか聞いてくれません。
 赤ちゃんかわいいからねぇ。
 せっかく僕の夜型能力がほとんど生まれて初めて人の役に立つというのに(笑)
 出産のときからそうですが、彼女の奮励努力のおかげで、ずいぶん楽におとうさんやらせてもらっています。

 以上ある出産の模様でした。
 お産は経験した女子にとってはおそらく人生のトップイベントで、妻も妊婦の時、街で大先輩方から優しい言葉を掛けてもらっていました。死ぬまで色あせない輝く想い出なんでしょうね。
 でも男子にとってはけっこうもどかしいもので、もっとなんかできることがあったらなぁ、と言うのが正直な感想です。夫、物理的にはほとんど何もできないので。
 まあ次回、があれば、予定日の1ヶ月前から右腕の筋トレしておきます。
 そうすると今度は右下で横になるのが楽で、左腕使わないといけなかったり……
 お産は神秘です。

posted by 犀角 at 21:00| 雑記