2021年08月06日
ソデトーク #06 『リアリティのもたせ方』
以下はFantiaに投稿したテキストです。
こちらにもコピーしておきます。
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コンテンツは「ヴァーチャル体験」でもあります。
登場人物やイベントを俯瞰して観るのみならず、まるで自分が参加しているかのように錯覚してのめり込む。
キャラと喜怒哀楽を共にし、時間を忘れ、終わったあとも長い時間それを「楽しい記憶」として持ち続ける……
いいですね。
そういうのなかなか無いですが、誰しも一つや二つ、いやジャンル問わなければ10や20は挙げられるはず。
で、そう考えると、作り手としては2点考えるところがある。
・どうやってのめり込ませるか
・どれだけ深くどっぷりのめり込ませるか
2点じゃなくてそれ1点ではないのか、と思われるかもしれません。
でも長年いろいろ観て作って、この2つは違う要素が効いてるような気がします。
ホームランとヒットの打ち方は違う。
雑な例えやな(笑)
いや、実は僕もずっとここは言葉にすれば
「リアリティを持たせる」
という一言で表せるので、それを検討してればいいんじゃないか、と思っていたんです。(僕の文章がお好きな方なら『炭取りを回す』という表現をよくしているのを思い起こされましょう)
でもね、それしんどいんですよね。
言うなれば『龍が如く』とか『GTA』みたいな3Dワールドほっつき歩き系のゲームを作るようなもんで、全部、ぜんぶ作り込まなあかんのです、家入ったら見上げた天井の模様までね。草むらで跳ねるバッタとか。
要らん。
異世界転生ものがラノベで猛威を奮って久しいですが、あれって上の2点でいうと前者の「のめり込ませるか」を、言い方悪いですが諦めてますよね。
タイトルに「どんな転生か」を丁寧に明示して、このシチュエーション気になったら読んでくれ、そうでないならまたのお越しを。
で、世界の方は作る。
ただしその世界の方は、あくまで「こういう世界」と作者が規定している世界なので、「この世界の天井に模様はない」「この世界の草むらにはバッタ跳ばない」と言い切れば、それらは作らなくていいんです。
言い換えると、「リアルと地続き」だからリアリティがある、という考え方を捨てて、「はいこのゲートくぐったらおとぎの国!」とすれば、だいぶ負荷が違う。
いや、負荷が軽いわけではなくて、そのおとぎの国づくりの方に集中できるというか、より現実に引っ張られない自由度を得るというか。
「これはこういうものです」
という約束事を決めて、それでものっかって来てくれるなら一緒に楽しみましょう、というのは別にオタクコンテンツの特徴でもなんでもなくて、たとえばAppleのプロダクトとかそうです。
ハードル結構高くて、ただそれ越えると楽。
くりかえしになりますが、私もずーっとここ、
「いかにリアリティを全編に渡って持たせるか」
にコダワリを持ってやってきてて、まあ別に後悔も無いしところどころ上手く行ったと自画自賛するところもあるんですが、加齢からか(ここ笑うところですよ!)
「……いや待てよ、そこそんなこだわらんでもええか……」
という気が最近してきたんです。
「これがこの作品のリアリティなので
(とタイトルなりツカミのシチュエーションなりでハッキリ言い切って)
これで一緒に楽しみましょう!」
というやり方もあるなあ、と。
そうすると、現実に照らし合わせて「いやさすがにそれは嘘くさいか」とかなんとかいちいち考えなくても済む。
そもそも現実が最近はものすごいですしね。
全世界パンデミックなんてSFでしか経験ないですやんか……
えっ。
ひょっとしてみなさん実はそんな風に作ってらっしゃるのかしら?
「ながたランドへようこそ!」
みたいな。
だとしたらおれの20年はいったい。
まあ『ラ・ベットラ』の落合シェフはもともとフレンチの修業でフランス行ってて、帰りイタリアでトランジット待ちが4日もあってしょうがないから街出て飯喰ってたら「ダサいけど毎日食いたくなるなこれ……」と感心して突如としてイタリアンに宗旨変えしたらしいですからね。
フレンチ修業は決して無駄ではなくてもちろん大いに活きてる。
ミシュランで星取った寿司屋の大将が実は寿司歴1年で、「えっ」と思ってよく聞くと和食の料理人を10年やってる。つまり寿司職人においてにぎりの技術はほんの一部で、それはセンスあれば1年も要らん程度の技術で……
なんかこう、神秘性を持たせたいわけですね、物語性というか。
でも実はたいていの物事はフィジカルや数字で決まってて、8番バッターでも全打席、バレルゾーンに入れてホームラン狙うご時世です。
なんの話でしたっけ。
もちろん僕の話なので念頭に置かれているのは文章作品ですが、絵でも音楽でもなんでも同じだと思います。
リアリティ、だいじなんですけど、全編に渡って提供する必要も義務も無く、
「こんな感じで行こうと思います」
という宣言、みたいなイメージですね。
だいぶ肩の力が抜けました。
抜けすぎて筆を持つ力が入りません(あかんやないか
posted by 犀角 at 00:00| 雑記