2009年02月20日

手作業と脳作業

今日もまた見事な机上の空論を考えました。
ヒマなんです。
これ持論なんですけど、
「判断」というのが重いタスクなのです、
人間の知的活動においては。
評価、重みづけ、優先順位判定、なんでも。
しかし当然ながら判断タスクは避けて通れないので、
うまいことやりたい。

GTD式オールToDoリストは、
全部のやるべきことを見える化することで、
判断タスクを
「まとめて」「一度に」「効率的に」
やりやすくしてくれます。
今やるべきことがズラッと並んでると優先順位なんか
勝手に決まっちゃいますしね。

しかし人間のココロは面白いもので、
実はその、
「判断」こそが「面白さ」の源泉になっているのです。
頭使うと、面白い。
あたりまえですわね。つまり

「判断」の必要な作業……おもしろい・でも疲れる。
「判断」の不要な作業……つまんない・でも手を動かすだけ。

全ての作業は分割していけば
この二種類に還元できるッ!!
還元できればあとは簡単、
たとえばテンション上がってる時に判断タスクをして、
脳疲れ気味の時は手作業タスク、
などその時に合う方のタスクをすればいいのです。
どっちかに飽きたら逆の方、とか。

それは自然に・当たり前にやってることを
小難しく言い換えてるだけじゃ?
うん、そうかも!

不思議なのは、年を取ると、つまり経験と共に、
判断材料が増えるからか、
逆に判断タスクの方がキツく感じます。
イメージとしてはベテランはパターンマッチ能力が高いから、
むしろ判断は速くて手作業は遅い感じがしますけども、
実態は逆ではないかな。
どんどん判断部分が手作業部分へと身体化されて、
むしろコアな部分、重要な部分だけしか
判断タスクとして残らないので、
ますますその重みが重くなっていく……
でも、
実際としては、取りかかる現実そのものは
ルーキーにもベテランにも同じように横たわってるわけで、
判断タスクの重みは相対的には重くなってるけど、
絶対的には全く変わってないんですよね。
ここを、
「なんだ、そうか」と思えるベテランが、
非常に強いベテランなんだと思えます。
年取ってくると企業では管理業務をさせますが、
あれも不思議なもので、
管理業務をしてメタ視点を得ると、
実作業でキーッと集中してやってことの多くの部分が、
ホントどうでもいいことになるんですよね(笑)
「もうそこコダワるのはいいから早くやってよ」みたいな。
それがだいじなことなんだと思います。
どっちの視点も大事。
余所から経営陣とかコンサルとか買う時の罠はきっとここで、
全体観しかないから「そこはコダワらんといかん」というところも
ぶった切っちゃって角矯牛殺。

ともあれ、
悩んだ時には、
悩むっていうのは「判断できない」ってことですから
まず間違いなく判断タスク・マターであって、
「えっ、ちょっと待って今オレどこの判断に苦しんでるの?」
と分割して原因を究明すると、
意外にちっちゃーいところで悩んでることも多いです。
あと実は多いのが、
事前の判断なんかできっこないところで、
つまり答えの出ないところでの、堂々巡り。
「大吉のおみくじが引けるだろうか」とか。
わかるかんなもん。
その場合はさっさとエイヤで決めて先へ進むのが吉ですね。
これ一人でやってると特に引っかかる。
複数の目があると角度がつくから、
「いやそんなんやってみんとわからんやん」
という声がポンと飛んでくるんですけどね。

判断タスクと非判断タスク、言い換えれば
脳作業と手作業に
バラバラにしてみると、見えてくるものもありますよ。

posted by 犀角 at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 知的生産の技術
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